バビロンの都の主、新バビロニアの国の王は激昂していた。 「神が、ナブ神殿の塔に姿を現しただと !? 」 どこか浮き足立った感のある神官長の報告を受けたヒョウガは眉をつりあげ、それから、その報告を、 「馬鹿馬鹿しい!」 と、言下に切り捨てた。 「神殿を軽んじる俺のやり 王になって数ヶ月。 ついこの間まで一介の市井の徒に過ぎなかった男に頭ごなしに怒鳴りつけられることに憤りを覚えたのか、神殿の長は顔を歪めた。 「実際に医師に見せましたところ、交合の跡が認められました」 認められたどころではない。 それは、むしろ悲惨としか言いようのない暴力の跡だった。 無論、彼は、そんなことまで王に報告するつもりはなかった。 彼等の準備した神の配偶者が神に気に入られた──外部に知らせる事柄はそれだけでいい。 「ほう。それはいったいどういうモノだったんだ? 貴様等の神とやらは、卑しい人間の男たちと同じように腰を使うのか」 王のその下卑た物言いを、神官長は、挑発だと承知している。 彼は、あえて、王に不敬の罪を唱えるようなことはしなかった。 「神とて生殖は行ないましょう」 「生殖? シュンが神の子を産むとでも言うつもりか!」 つい、シュンの名を口にしてしまった自分自身に、ヒョウガが舌打ちをする。 幸い、神官長は、ヒョウガが神の配偶者の名を王が記憶にとどめていることを不自然とは思っていないらしく、それを怪訝に思う素振りは見せなかった。 ヒョウガは、いつかはこの城にシュンの居場所を作ってやるつもりだった。 王が旧知のものを身近に迎えることを忌避する傾向のあるこの城で、シュンが自分の友人だったことを余人に知られるのは、あまり得策ではない。 まして、今は、二人は、それぞれ対立する陣営に組み込まれてしまっているのだ。 「塔を調べろ。何者かが潜り込めるような隠された通路があるに違いない。神などいるはずがない!」 ヒョウガがそう断言することに、神殿の長は、ひどく驚いたようだった。 人払いもされていない王宮の一室で、『神はいない』と、神に仕える神官の前で断言する男は、その神に選ばれて王になった男ではないか。 「正気でおっしゃっておいでですか」 「俺の言い方が気に入らなければ、『神が、人間ごときの用意した配偶者の許に通ってきたりするはずがない』と言い換えよう」 「抜け道など、あの塔にはありません」 「──守護は万全と言っていたな。高位神官3人の鍵が揃わなければ、塔の部屋に入るところか、その下の階までも登れないと? だが、それは、貴様等の鍵が揃えば、それも可能だということだ」 「我々には、そんなことをする必要がありません」 「貴様等のような老いぼれが今更とは思うが、貴様等が神の配偶者に血迷って結託したということもありえるだろう。……綺麗な子だったし」 平均寿命が40に満たないこの国で、50に手が届きかけた神官長は、20歳そこそこのヒョウガから見れば、十分に老いぼれだったのだが、彼が心身ともに頑健そうなのもまた事実だった。 本当に老いぼれていてくれたなら、どれほど楽にあしらえるものかと、ヒョウガが思うほどに。 「下劣で馬鹿げた推測です」 「だから、自分たちにかけられた嫌疑を晴らしたかったら、抜け道を探し出せと言っているんだ。塔の部屋をくまなく探索して、それでも抜け道が見付からなかったら、俺も、その夜這い男が神だと信じてやらないでもない」 「できません。神は疑ってはならぬものです」 神官長は、あくまでもヒョウガに逆らった。 神殿に捧げられる奉納品や金銀の運営をそつなくこなしているからには、もう少し実際的な男だろうと思っていただけに、ヒョウガには彼の抗弁が意外だった。 「その存在を示すことも大事だろう」 「そのようなことをする必要のないものが神です」 神殿に集まる富の管理者である前に、彼は、それでも神を信じ奉じる者ではあるらしい。 「埒が明かないな」 ヒョウガは、呆れたような表情と声音を作って、頑なな神の信奉者を高座から見おろした。 |