だが、それはやって来た。

今夜も、神殿の下層では乳香が焚かれている。
その香りにも、静寂の音にも、そして、闇にも──全てに心を閉ざしていることを決意して、シュンは、寝台の中で小さく丸くなって震えていた。


いつからそれが、そこにいたのかはわからない。
シュンがほんの少し気を緩め、意識を自分の外に向けた時、シュンは、昨夜と同じものの気配が自分のすぐ側にあることに気付いた。
それは、掛け布の中に隠れるように潜んでいたシュンのすぐ側に立っていて、そして、シュンがその存在に気付いてからも、随分長いこと動かなかった。

今夜はどんな無体をされるのかと恐れ、怯え、そして、息を殺して、シュンは過ぎる時間を耐え続けた。
“それ”の視線を、闇の中でも感じる。
室内の空気は恐ろしいほどに張り詰めていて、だが、それが“神”のせいなのか、自分の恐怖心が周囲を緊張させているだけのことなのかも、シュンにはわからなかった。


──それは、シュンと“神”が、二人で作っていた緊張感だったのかもしれない。

ふいに、張り詰めていた空気の一画が破れる。
シュンを怖れさせていたものが、ゆっくりと、シュンの肩に手を伸ばしてきた。

シュンは身体を強張らせ、次に起こることを覚悟して、闇の中できつく目を閉じた。
だが、彼のその所作の次に、シュンが恐れていたようなことは起こらなかった。

“神”の手が、まるでむずかる子供をなだめるように、シュンの髪を撫でる。
その手は、シュンの頬に降り、首筋を辿って肩に流れ、その肩を抱き、そしてまたシュンの頬に戻っていった。
それは、まるで、母親が我が子を慈しむような愛撫で、生まれたばかりの赤ん坊から、彼が生まれ落ちた世界への恐れを取り除こうとしているような仕草でもあった。

やがて、彼が、シュンの身体を抱きしめる。
それでも、彼の愛撫の優しさは変わることがなかった。
彼は、シュンを抱きしめ、だが、昨夜のような狼藉に及ぶ気配を、シュンに感じさせなかった。
そして、彼は、いつまでもそうしていた。

“神”の唇が、その夜初めて瞬の頬を掠める頃には、シュンにも、その口付けが情欲に満ちたものではないことがわかるようになってきていた。

昨夜の乱暴を詫びるように、後悔するように、彼の抱擁と愛撫は優しかった。






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