――と、それは納得できたのだが、しかし。 「でも、おまえ、劇場版が始まる前から、こんなに敵さんを叩きのめしてどーすんだよ? 敵の迫力欠いてたら、作品の出来にも不都合が出てくるだろ」 「うむ。苦戦してやらなければならない立場にあるんだからな、俺たちは」 星矢と紫龍の懸念を、だが、氷河は軽く一蹴した。 「貴様等、まさか俺の演技力を忘れたわけじゃあるまい?」 「あ」 「ああ、そういえば、おまえには北島マヤも真っ青な演技力があったな」 戦闘物の作品において、最も重要なのは、敵の力などではない。 その手の作品にいちばんに求められるのは、一度は傷付き倒れ伏す主人公側キャラを、美しく華麗かつ萌え要素満載で演じ切る演技力、なのだ。 そんな基本的なことを忘れて、いらぬ心配をしていた自分を、星矢は深く反省した。 作品の出来不出来を、他人のせいにするようなことをしてはいけないのだ。仮にも、その作品の主人公なら。 「その通り。いくらでも苦戦してやるさ。どれほど馬鹿で阿呆な失恋男が相手でもな」 「うん。あんまり簡単に勝っちまったら、有り難味ってものがないからな。やっぱ、ぎりぎりまで追い詰められて、満身創痍でそこから立ち上がって、最後の力を振り絞って奇跡を起こしてこそ、観客に感動を与えられるんであって、俺たちが普通に神サマと闘ったら、ただの弱い者いじめになっちまうもんな」 「それくらい心得ている。あっさり瞬殺したりはしないさ。たとえ相手がタコでもな」 と、大人なところを見せて、星矢たちを安心させた氷河だったのだが、実は彼には、自分の演技力などよりも、ずっと気掛かりなことがあったのである。 それは、 「しかし、今度の劇場版がターゲットにしているのは、どう考えても、10数年前に子供だった奴等だろう? 観客のほとんどがいい歳をした大人なんだから、俺と瞬のラブシーンを入れるくらいのサービスをしてやった方がいいと思うんだが、そのへん、脚本や演出はどうなっているんだろうな。ベッドシーンくらいあっても、俺は一向に構わないんだが」 ――ということだった。 氷河の意見は、実にもっともである。 しかし、それは、なかなかに実現の難しいサービスではあった。 なにしろ、オリジナル本編でそれをやられてしまったら、やおいもの書きの仕事がなくなってしまう。 その上、氷河がラブシーンの相手にと望む相手は、ひどく恥ずかしがりやだった。 「また、そんなこと言って! 氷河が構わなくても、僕が構うのっ!」 「劇場の大スクリーンで、おまえは俺のもので、俺はおまえのものだと、世界中に知らせてやる、いいチャンスじゃないか」 「そんなことしなくても、僕は──」 「おまえは?」 続く言葉を期待して、瞬にだけわかるように瞳を輝かせる氷河を、瞬は軽く睨みつけた。 「もう、氷河なんか嫌いっ!」 パターンにはパターンであるが故に楽しさというものがある。 あまりにもパターン通りの反応を示して横を向いてしまった瞬に、氷河は、これまた、瞬にだけわかるようにヤニさがった。 |