I just saw to say I love you






それは、何ということのない、ある冬の夜のことだった。

時刻は夜10時。
窓の外では、冴え冴えとした冬の星座が寒そうに瞬いていたが、冷暖房及び空調完備の城戸邸ラウンジでは、暑くもなければ寒くもない過ごしやすい気温と湿度が保たれている。

そのラウンジで、瞬は、先程から、三人掛けのソファの端に座り、シリーズ物のミステリーを読みふけっていた。
ストーリーは佳境に入っているらしく、その目は真剣そのものである。

「おい、瞬」
そんな瞬の腕に、氷河が、ソファの背もたれ越しに手を伸ばしてくる。

本の中の世界に没入していた瞬は、弾かれたように本のページから視線をあげた。
そして、首だけまわして、彼の名を呼んだ男の顔を見る。
僅かに首をかしげるようにして氷河の瞳を覗き込んでいた瞬は、しかし、すぐに、
「今はだめ。もう少し待って」
と言って、すぐにまた視線を本のページの上に戻してしまった。

瞬の返事を聞いた氷河が、こころもち唇を尖らせて部屋を出ていく。
その5分後、瞬は、物語を読み終えて、ハードカバーの本の裏表紙をぱたんと音をたてて閉じた。

「──何が駄目だったんだ?」
瞬が本を読み終わるのを待っていたかのように、紫龍が瞬に尋ねる。
問われた瞬は、何のことを尋ねられたのか、すぐにはわからない様子でいたが、やがて紫龍の質問の意図を解すると、微かに頬を上気させた。
「え……? あ、うん、まあ、その……」

大体のところは察しがついていたらしく、紫龍は、同じことを重ねて問うような野暮はしなかった。
代わりに、彼は、別の話題を持ち出してきた。

「前から、不思議に思っていたんだが」
「何を?」
「氷河に対するおまえの態度だ」
「僕、何か氷河に変なことした?」

紫龍の言う“変なこと”に心当たりのなかった瞬が、幾分不思議そうな目をして紫龍に問い返す。
その視線を受けて、紫龍は浅く頷いた。

「おまえ、おとといの夜も、そのシリーズの本を読んでいただろう。やっぱりラスト近く」
「あ、うん」
「で、さっきと同じように氷河に名を呼ばれて──」
「ああ」
紫龍の疑念を瞬は理解した。

今夜と全く同じシチュエーションで、瞬は、前々日の夜には、本を読むのを中断し、
『仕方ないなぁ』
とぼやきながらも、氷河の誘いに乗ったのである。

紫龍が怪訝に感じているのは、おとといの夜と今夜とでは何がどう違って、瞬の氷河への対応が異なるのか──ということのようだった。






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