そんなある日のことだった。
サングラスをつけた氷河に、瞬が、
「その合図、変えませんか? サングラスしてると表情がわからなくて、変な気分になるんです」
──と告げたのは。

カミュが、軽く左右に首を振る。
「表情といっても、氷河の顔だ」
「でも」
「私は生きていない」
「それは……そうかもしれませんけど……」

生と死の境界が極めて曖昧な星矢世界で、そんなことを気にかけるのも無意味だが、カミュが(一応)生者でないことは事実である。
その事実を告げられて、瞬の顔は曇った。

そんな瞬に、サングラスをつけたままの氷河が、ふいに抑揚のない声で告げる。
「ところで、天秤宮で、氷河を蘇生させてくれたのは君だという話だが」
「あ、はい」

「私の尻拭いをさせてしまった。まったく、我々は不肖の弟子、未熟な師匠だ」
「カミュ先生は、カミュ先生なりに、氷河のことを思ってああなさったんでしょう」
「私は、氷河をもっとずっと未熟な子供だと思っていた。もっと信じてやればよかった」
「カミュ先生がああしてくださったから、氷河は強くなれたんですよ」
あれ・・を強くしたのは君と君の仲間たちだ。私ではない。本当は、それは、私がすべきことだったのに」

サングラスをしていても、カミュ・・・の表情に苦渋の色がたたえられていることが、瞬にはわかった。
「カミュ先生、本当は氷河に謝りにいらしたんですか?」
「あ、いや、まさか」

肩を落として、それでも瞬の言を否定してみせるカミュの様子に、瞬はほろりとしてしまったのである。
ここまで師に思われている不肖の弟子が羨ましく、そして、同じ者を愛する人間として、瞬はカミュの気持ちが嬉しかった。

「大丈夫。氷河は強くなりますよ。きっと、もっと、多分、カミュ先生より。だって、氷河はカミュ先生の弟子ですから」
それは、ある意味、きつい慰めだったかもしれない。
しかし、それは、愚かな師には、最高の慰撫であり、最高の褒め言葉だった。

「……ありがとう、アンドロメダ」
不肖の弟子の姿をした未熟な師は、瞬にそう言って、浅く頷いた。






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