「オリンポスがどうなったのかも、氷河、もしかして知ってる……? 見に行った?」 身仕舞いを整えてから、瞬は、やっと寝台の上に身体を起こしてくれた氷河に尋ねた。 瞬が氷河と過ごす日々に目を眩ませている間に、氷河は彼のすべきことを逐次片付けているらしい。 その勤勉さと精力に、瞬は感服の念さえ抱いた。 「オリンポスはもうない。今は、ただの石の廃墟になっている」 寝台の枕許に心許なげに腰を下ろした瞬を自分の膝の上に引き乗せ、まるで耳打ちでもするように、氷河は瞬の耳許で告げた。 「あの後、一度だけ、様子を見に行ってみたが……。俺が行った時には、ちょうど、あの女が、生き延びた者たちを引き連れて、自分たちの足で山を下りようとしているところだった。俺が、あの乗り物を返そうかと言ったら、その必要はないと言われたぞ。俺の帰りを遅くすると、おまえに恨まれると言って、笑っていた。老人が2、3人、山に残っていたようだったな。あの女は心配いらない。俺よりよっぽどたくましくできている」 「そう……」 『人間として思いっきり生きて、そして、人間として死ぬの。素敵でしょ?』 『大丈夫。私は幸せになってみせるわ』 新興のただ中にある人間ではなく、衰退しつつある種族の神にでも、強くなることはできるのかもしれない──。 瞬にそう思わせてくれた、希望の輝きに包まれた女神。 ともかく、彼女がいさえすれば、オリンポスの神々の行く末を瞬が心配する必要はなさそうだった。 瞬は安堵の息を漏らし、同時に瞼を伏せた。 途端に、氷河が瞬の腕を引っ張って、再度その身体を寝台に横たえさせる。 驚いて瞼を開けると、瞬の顔のすぐ近くに、瞬の様子を窺うような氷河の青い色の瞳があった。 「──おまえはどうする? おまえのエリシオンは元のままだぞ。おまえは、多分、この地上に残っているただ一人の神だ。世界の主にもなれる」 「僕は……」 最後の神。 地上で唯一の神。 たった一人の同胞も、理解者もない、孤独な神。 自分はついにそんな孤独なものになってしまったのだ。 その無限の孤独が怖ろしくて、瞬は身体を大きく震わせた。 今の瞬には、この世界の広ささえ、恐怖の対象だった。 そして、瞬は、ふいに自分の肩にのしかかってきたものを振り払うように、氷河の背に腕をまわし、彼にしがみついた。 |