「先生のお芝居、かなりクサかったです」
「舞台の演技は、テレビや映画での演技より大仰にしなければならないものなんだ。洞察力に欠けるアクエリアス家の馬鹿者共相手に、抑えた演技は通じない」

騒動収まり、日が暮れて。
その夜、アンドロメダ家の一室では、今日の舞台・・についての反省会が行われていました。

そう。
今日の騒動の全ては、アクエリアス家とアンドロメダ家の不仲の修復を企てたアルビオレと瞬の手で演出・プロデュースされた、超大掛かりな学芸会だったのです。

「これでこの町も平和になる。まったく、あられもない格好をしたおまえに、『気持ち良かった』と言われた時にはどうしようかと思ったぞ」
アルビオレは、無事に“死人”という大役を果たし終えた愛弟子にそう言って、大仰に肩をすくめてみせました。

それだけならまだしも、彼は、その翌日には、アクエリアス家の出方を伺うために氷河に会いにいって帰宅した瞬から、
『すみません、先生。話の流れで、僕、死ぬ振りをすることになってしまいました』
という報告を受け、二度びっくりすることになってしまったのです。

「すみません。でも……」
弟子の恋のために、あらゆるパターンが想定された完璧かつ壮大な脚本を書いてくれた師に感謝し、同時に心苦しさをも覚えて、瞬は瞼を伏せました。
そんな瞬のために、アルビオレがすぐに笑顔を作ります。

「いや、私が、おまえたちのことに気付かず、アクエリアス家との不仲を修復しようとしないでいたのがいけなかった。クールでもないのに、必死にクールの看板を背負っているカミュを見ているのが面白くて、ついな」
それから、瞬の師は、
「もっと早くに、こうすればよかった」
と呟くように言いました。
「とにかく、これで、万事めでたしめでたしだ」
とも。

「でも、僕たち、氷河や氷河の先生たちに嘘ついちゃったことになりますね……」
確かに、これで、アクエリアス家とアンドロメダ家の長年の不仲は解消され、それぞれの家の師弟の信頼も深まり、氷河と瞬の恋も忍ぶ必要はなくなりました。
けれど、その大団円を迎えたあとで、瞬の胸には小さな傷が残りました。
それは、氷河やカミュやこの町の人々を騙してしまったことからくる、罪の意識という名の傷でした。

清廉潔白でなくなった自分自身に傷付いている瞬を、穏やかな声音でアルビオレが諭します。
「我がアンドロメダ家の家訓は、『優しくなければ聖闘士でいる意味がない』だぞ。人間が優しくあるということは、ある意味、汚れをしょいこむのと同じことだ。そして、人は、自分の罪に苦しみ、それに耐えることで強くもなれる。自分が──我々が──どれだけ汚れたっていいじゃないか。それで他の多くの人が幸せになれるのなら」

「はい……」
この傷と痛みと汚れとに耐えることが、“強い”聖闘士になることだと告げるアルビオレに、瞬は小さく頷き返しました。
それは瞬にはとても辛いことでしたけれど、決して耐えられないことではありませんでした。

もちろん、人は誰だって、綺麗な自分のままでいたいと望むものでしょう。
けれど。
氷河は、彼の師の面目を保つために嘘を重ねていました。
氷河の師も、自分の弟子と他家の弟子のために、衆目の中で偽りの闘いをしました。
それはおそらく、誰もが誰かのために耐えている汚れなのです。






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