「ほ……ほんとに、したのかぁ〜っ !? 」 あれほど氷河と瞬をけしかけてみせた星矢は、翌日瞬の報告を聞いて、驚愕に満ち満ちた大声を、城戸邸内に響かせた。 「う……うん……。あの、だから、星矢、僕との絶交を──」 「いや、絶交なんてそんなもん、はなっからするつもりなかったけどさ。へ……へぇ、そっか〜、ほんとにしちまったのか〜……」 そう言う星矢の声音は、栓を抜いて半日も放置した炭酸飲料のように、気が抜けまくっていた。 まさか本当に、他人にけしかけられて、氷河がコトに及ぶことがあろうなどとは、実は星矢は思ってもいなかったのである──無責任にも。 そして、まさか氷河がそこまで恥知らずな男だとも、実は星矢は思っていなかったのである──迂闊にも。 反面、星矢は、それでコトに及べる氷河を尊敬したいような気分にもなっていたのだが。 「氷河の振舞いには多々問題があるが、瞬がいいなら、それでいいじゃないか。氷河が瞬を無視することももうなくなるだろうし、これでやっと平和が戻ってくるというものだ」 「ん……うん、そーだよな」 胸中で複雑に絡み合う 氷河への軽蔑の念と尊敬の念とを振り払って、星矢は紫龍に頷いた。 確かに、星矢としては、瞬に笑顔が戻ってきて、自分が氷河に凍らされるような事態が起こりさえしなければ、それで不都合はないのである。 実際に今、星矢の前で瞬は幸せそうに微笑んでいたし、問題は万事解決したと言っていい状況だった。 そして、そうなってみると、今度は、それとは別の好奇心が星矢の中に生まれてくる。 「で、どうだった? 男同士のあれって気持ちいいもんなのか?」 星矢はいつも、単刀直入、一球入魂、直球勝負である。 言葉を飾りもせず、極めて直截的に尋ねてくる星矢から、瞬は至極不自然に逃げを打った。 「そ……そんなことより、昨日のパズルの続きしようよ」 「おいこら、逃げるなっ! 俺のおかげでデキたんだろーがっ!」 星矢はいつも、猪突猛進、直情径行、無謀短慮である。 彼は、知りたいことを知らずに済ますことができない人間だった──不幸にも。 ジグソーパズルで話を逸らそうとする瞬を捕まえて、星矢は、瞬に自白を強要するべく、その両肩を床に押さえつけた。 そこに氷河が登場するのは、もはや氷瞬界のお約束である。 「星矢っ! 貴様、また性懲りもなくっ!」 「ま……待て、氷河、誤解だっ! 俺は何もしていな……」 「問答無用──っっ !!!! 」 ──というわけで、星矢の弁解は、お約束通りに、星矢もろとも再び絶対零度の氷の中に閉じ込められることになってしまったのである。 氷の棺の中の星矢は、文字通り、泣くに泣けない状態だった。 この世の中に、泣けない人間ほど不幸なものはない。 人間はおそらく、泣ける時に思い切り泣いておいた方がいいのである。 そのあとで、心から微笑むためにも。 Fin.
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