「16世紀の後半だよ。フランスでは、新教徒と旧教徒の争いが熾烈で、旧教徒間では、国王とギーズ家が権力争いを繰り広げてた。チチェンイッツァで生け贄になった子は、その時代には、ギーズ家の子息の一人で、でも、まだ10代だから、さほど政治的な活躍もしてないんだけど、でも、国王や新教派はギーズ家の者は一人でも数を減らしたいって思ってて、それでいつも暗殺の危険にさらされてるんだ」

「今度は名門ギーズ家の息子か。また、大きく出たもんだな。サン・バルテルミーの大虐殺の後か?」
「うん。フランスはアンリ3世の時代だよ」
「ホモで有名な国王だな」

「そんな見下したような言い方しないでよ。僕たちもそうでしょう」
「俺は違うぞ」
「でも」
「多分、おまえも違う」
「じゃあ、僕たちは何?」

「とにかく、違う何かだ。何だ? その映画では、ホモのアンリ3世はマトモな男として描かれてるのか? 史実ではかなりの無能だろう。自分の気に入りの美形ばかり重用した能無しの王様のはずだ」
「史実通りだよ。生け贄だったあの子は王室と敵対してるギーズ家の者なのに、自分の寵臣ミニョンになれって、国王に迫られてたりするんだ」

「ということは、生まれ変わっても、やはりかなりの美形だ」
「さあ、それは……。でも、そんなことはどうでもいいの。その男の子には、ボディガードが一人ついてて、いつもその子を守ってくれてるんだ」
「今度は、『ベルサイユのばら』か」
「氷河、意外なものを知ってるね」
「中身は知らないが、そういう話なんだろう? 平民の男が貴族のお姫様に入れ込んで、身分違いの恋がどうとかこうとか──」

「ちょっと違うような気もするけど、でもそんなものかな。生け贄だった子のボディガードにつけられてた男の人は、剣の腕前をギーズ公に買われた平民だったみたいだから」
「で、その美形の大貴族のご子息は、チチェンイッツァでの時のように、そのボディガードに惚れられるわけだ」

「どうしてなのか、わからないんだけどね。チチェンイッツァで生け贄にされたあの子、その時代には、大貴族の子弟として育てられて、すごく我儘なんだよ。大した腕もないくせに、自分は強いと思ってて、ボディガードなんか要らないって自惚れてて、平民の彼を軽んじてるの。暗殺団なんかに襲撃されると、平民の彼が1人2人倒す間に、自分は5、6人は倒したりしてるから」
「おまえは、生け贄だった子に厳しいから、その大貴族の子弟様が我儘だというのも割り引いて考えた方がよさそうだな。多分、ボディガードの男が惚れるだけの美点を備えている子だったんだろう」

「そうだったのかな……? でも、自惚れが強い子だったのは事実だよ。それで、ボディガードなんか必要ないって思って、ある日、ひとりでパリの町に出ていくの」
「で、何か事件が起こるわけか?」

「新教派の暗殺団に囲まれるんだ。5、6人の。そんなの、いつも倒してる人数だからって、生け贄だった子は笑いながら剣を振るい出すんだけど、敵の1人も倒せない。もう殺されるか捕らえられるしかないと思って覚悟を決めた時に、ボディガードの彼が駆けつけてきてくれて、難を逃れるの。彼、あっと言う間に、暗殺団の一味を倒しちゃったよ」
「それまで、力を出し惜しみしていたのか」
「出し惜しみとかいうんじゃなくて、多分、自分の主人をいい気分・・・・にさせておこうとしてくれてたんだと思う。それまでは、彼が倒すのは、暗殺団の首領格の者だけで、手下は適当に弱らせてから、その我儘な貴族の息子の方にまわしてたんだ。1人で戦って初めて、その子は自分が彼に守られてたことに気付く。今まで自分の力を過信していたことを反省して、ボディガードの彼に謝るんだけど、彼は『仕事だから』って、素っ気無いの」

「やっぱり、いい子じゃないか。自分の過ちを素直に認められる。そのボディガードの男はカッコつけすぎだが」
「そんなことないよ。だって……彼は平民で、貴族に雇われてて、他にどう言うこともできないんだし」
「素直ないい子だと褒めてやることもできないわけか。大貴族の子弟相手だと」

「そういうこと。でも、それからは、生け贄だった子も彼を信頼するようになって、彼と一緒にいられることが嬉しくて、一緒にいると安心できて──もちろん、あくまでも、守る者と守られる者としてだったけど。でも、自惚れを捨てて見ると、彼がいつもすごく自分に気を配ってくれてることがわかって、ほんとに夜もほとんど眠らないで護衛についてくれてるし、その我儘な貴族の息子も、すごく彼に感謝するようになるんだ」
「我儘なんかじゃないだろう。いい子だ。おまけに、敵対している国王が目をとめるほどの美形ときたら──やはり、『ベルサイユのばら』風に話が進むのか? 身分違いの恋とか」

「革命は起こらないけどね。代わりに、その子の父親の暗殺事件が起きる」
「ギーズ公の?」
「その子が国王の誘いを断り続けていたのも原因の一つなんだろうけど、国王命令でルーブル宮に呼ばれていた時に、宮殿内で暗殺事件が起こるんだ。国王はそんな計画は知らなかった振りをしたみたいだけど、国王が命じたんでなければ、知ってて黙認したんだと思う」

「敵の宮殿内では、逃げ場がないな」
「うん。父親と一緒に宮殿にあがってたその子も、豪奢な宮殿の一角に追い詰められて──ボディガードの彼が、自分が盾になるから、その隙に逃げろって言ってくれて……。でも、その時には、もう父親のギーズ公は死んでたし、子供の自分が生き残っても、一族を束ねていくだけの力もないし、どうせいつかは敵の刃に倒れるのが運命なら、そこで彼と一緒に死にたいって言ったんだ」

「そんなことを言われても、ボディガードの男は喜べないだろう。その子に生きていてほしいから、そのためだけに、それまで務めてきたんだろうし」
「そうだったみたい。ギーズ家のことなんてどうでもいいから、とにかく生き延びてくれって、彼にそう言われて初めて、生け贄だった子は気付くんだ。彼は、ギーズ家の子息を守っててくれたんじゃなく、その子自身を守ってくれてたんだってことに。そして、思い出した。昔、同じようなことを言われたことがある。死は快いものでも名誉なことでもないから、生きてくれって」

「チチェンイッツァで、か」
「そう」
「それで?」
「それだけ。チチェンイッツァで生け贄にされた子が、自分の前世と彼の前世を思い出した時には、もう暗殺者がすぐそこに迫ってきていて、二人は互いに互いを庇い合いながら死んでいくの」
「本当に救いのない映画だな」
「うん」






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