DB── デザイナー・ベビー ──というものが、この地上に最初に現れたのは300年以上前。
第三次世界大戦勃発の1世紀ほど前と言われている。
遺伝子研究は、この3世紀の間に最も急激な発展を遂げた分野である。

ごく初期の遺伝子研究は、血友病や嚢胞性繊維症等の遺伝病の因子を持った子供や、遺伝子に損傷のある子供を、この世に生み出さないための技術にすぎなかった。
人為的に作られた両親の複数の受精卵の中から最も健康に育つものを選び出し、他を廃棄する──。
その行為は、ある種の残酷性は有するが、単純なものではあったのである。
それは、一組の男女が我が子の幸福を願う行為でもあった。

やがて、DNA研究が進み、ヒト遺伝子のすべての解読が終わる。
より細やかな遺伝子情報の選択が可能になるにつれ、それは、より優れた人類を作り出すための研究へと様変わりしていった。

最初は両親の遺伝子から、より有利と思われる情報を選別していたものが、両親の遺伝子情報の取捨選択に限らなくなる。
すなわち、3人以上、後には数億数十億のサンプルからセレクトされた遺伝子情報で、一人の人間が生み出されるようになっていったのである。
その作業は、数億数十億の絵の具の中から目的の色を選び出して一枚の絵を描く行為に似ていた。

しかし、やがて、その方法も、間もなく採用されなくなっていく。
人間は、人間の身体の素になるDNAを作り出す技術をも手に入れた。
それまでは、石や草木から作り出り出されていた絵の具が、フラスコとビーカーの中で作り出されるようになっていったのである。


そして、第三次世界大戦── The Third World War ──。
この大戦が、最後の大戦── The Last World War ──と呼ばれているのは、大戦以後の世界支配をDBに委ねることをヒトが決定し、次の大戦の可能性が考えられなくなったためである。

結局のところ、争いというものは、大きなものも小さなものも、人間のエゴと価値観のぶつかり合いから生じる。
ヒトは、人類が滅亡しかけるほどの大きな争いの果てに、極端な私利私欲やエゴを持たず、狂信・暴走の危険が極小に抑えられたDBに、行政・立法・司法・軍事の管理を委ねることを決意した。

自らが滅びてしまわないために、感情に流されることが極端に少なく、公正かつ総合的な判断力を有するように作られたDBで構成される政府に、ヒトは自分たちの運命を委ねたのである。

DBを中心にして構成されている現地球政府は、地上に、かつてないほどの平和と安寧をもたらした。
争いのない世界で、軍部の力は極端に微弱なものになり、やがて、行政・立法・司法機関で一定以上の決定権のある地位に就くには、DBであることが必須条件になる。
DBでなければ、行政府・立法府・法曹界で一定以上の公的な地位に就けないとする法律が、ヒトの手によって定められたのだ。
現在では、民間企業でも、重大な経営判断はDBに任せている企業がほとんどである。

DBは、全世界の公僕として、地球の人口の85パーセント以上を占めるヒトの生活のために努めることが義務づけられている。






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