その日、氷河のいない城戸邸ラウンジで、若草色のインド綿のクッションを両手で抱きしめながら、瞬は突然呟いた。
「僕と氷河って、これでいいのかな」
と。

「何が」
「男同士だから、これでいいのかな」
「何が」
「確かに僕は、氷河と一緒にいられれば嬉しくて、ずっと一緒にいたい。今は毎日がすっごく楽しくて、不満なんか一つもない。でも、僕たち、これでいいのかな」
「だから、何がだよっ!」

自分から話を振っておきながら、瞬は、問われたことに一向に答えようとしない。
業を煮やした星矢の語調は荒くなったが、瞬は、動じる様子を全く見せずに、自分のペースを守り続けた。

「キスしたことはあるんだ。っていうか、いつもしてる」
「……だから?」
結局は、星矢の方が、瞬のペースに合わせるしかないのである。
たとえ『我が道を行く』が身上の星矢といえど、恋する青少年に勝てるはずがない。

「だから……」
その瞬のペースが、わずかに乱れる。
それから瞬は、ぽっと頬を染めて、わざとらしく瞼を伏せた。

「だーかーらぁー、いったい何なんだよっ!」
そしてもちろん、恋する青少年の繊細な心の揺れを、直情径行が売りの星矢に推し測ることなどできるわけがない。

少々捨て鉢な口調になった星矢を見兼ねたのか、それまで傍観者を決め込んでいた紫龍が、脇から口を挟んできた。
「星矢。瞬はキスの先に進むべきか否かを迷ってるんだ」
「まだなのかよ〜〜〜っっ !? 」
間髪を入れず、そして、紫龍に状況解説の礼も告げず、星矢が室内に大きな声を響かせる。
しかも、それは、“驚愕”ではなく、ほとんど“非難”の響きだけで構成されていた。

──氷河と瞬が清い交際を続けているという事実は、決して非難されるようなことではないだろう。
それは決して“良くないこと”ではないのだが、今回に限って言えば、星矢の非難は当然のことだった。
これまで星矢は、彼にしては随分と、恋する二人のために気を遣ってきたのである。
瞬をサッカーに誘うのを我慢し、ジョギングに誘うのを我慢し、食事の時には、瞬の向かいの席を氷河に譲り、“みんな”でいる時には、氷河の手が瞬の髪に伸びていくのを見て見ぬ振りもしてやった。

その甲斐あって(かどうかは定かではないが)、氷河と瞬は順調に愛を育んでいるようだった。
いつでもどこででも いちゃらいちゃこらしまくって、第三者の目にも、二人が毎日を楽しんでいることはしっかりと見てとれていた。
そんなこと・・・・・はとうの昔に済ませたものと、星矢は思い込んでいたのだ。






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