Love or Dead






昔々、遠い北の国でのお話です。

北の国の王様とお后様はとても仲睦まじいご夫婦でしたが、長いこと子供に恵まれませんでした。
けれど、日々の努力が実を結んで、ついに待望の王子誕生。
氷河と名付けられた王子様は、北の国の人間らしい金髪碧眼、しかも、美人の誉れ高いお母様に似て、大層顔立ちの整った美しい赤ちゃんでした。

ところで、当時は、どの国でも、王子様や王女様が生まれると祝いの宴を催し、その席に妖精を呼んで祝福をもらうのが慣わしになっていました。
北の国の王様ももちろん、王子様の出生の祝いの宴に12人の妖精を招待したのです。

妖精を一人呼び忘れて、100年間の眠りという、とんでもない出生祝いをもらってしまった『眠り姫』の例もありますからね。
招待洩れがないように気をつけて、妖精12人を全員招待し、12人全員に行き渡るよう贈り物の準備も万端。

祝いの宴に招待された妖精たちは、北の国の王様が用意したご馳走に舌鼓を打ちながら、知恵だの勇気だの美貌だのと、それぞれの贈り物を氷河王子に授けてくれました。
そんなふうに、氷河王子の出生祝いの宴は、至極順調に進んでいたのです。

ところが。
12人の妖精たち 一人が、急に、
「この祝いの席には、カニ料理がない! 毛ガニもタラバガニもズワイガニもっ! なんということだ!」
と騒ぎ出したのです。
北の国と言えば、ロイズの生チョコレート、六花亭のバターサンド、石屋製菓の白い恋人、そして、何と言ってもカニ! が名産でしたから、その妖精は、おいしいカニ料理を大いに期待していたのでしょうね。

北の国の王様は、この祝いの席に、一切カニ料理を準備していませんでした。
カニにむしゃぶりつく妖精なんて想像を絶していましたし、そんなの、あまり美しい光景とも思えなかったからです。
けれど、そのカニ好きの妖精は、美しさより食欲を優先させる妖精だったらしく、テーブルにカニ料理がないことに、すっかり臍を曲げてしまったのです。

そして、期待を裏切られたカニ好きの妖精は、ベビーベッドですやすやと眠っている生まれたばかりの氷河王子に、それはそれは恐ろしい祝福の言葉を吐き出したのでした。
「この赤ん坊に、俺からの祝福をやろう。この王子は、真実の恋をして、その相手と結ばれた時に命を落とすことになるだろう。ちなみに、『結ばれる』というのは、愛の誓いだの結婚式だのという形式的なことじゃないぞ。ヤった時だ、ヤった時」

「なななななんとっ!」
カニ好きの妖精のとんでもない祝福に、北の国の王様はびっくりぎょうてん、周章狼狽、驚天動地の大慌てです。
そんな祝福をもらってしまったら、氷河王子は、その一生を恋の喜びを知らずに終えることになる──もとい、恋の喜びを知った時が一巻の終わりになってしまう、ということではありませんか。
いくら知恵だの美貌だのを授けられても、それでは宝の持ち腐れ。生まれてきた甲斐もありません。

「えええええーと、その呪い──いえ、祝福のタイムリミットは、15歳までですか。それとも、16歳くらいまでですか?」
確か、ペロー童話やグリム童話の『眠り姫』のお話では、妖精の祝福は、ある年齢を過ぎたら無効ということになっていました。
北の国の王様は、一縷の望みを抱いてカニ好きの妖精に尋ねてみたのですが、カニ好きの妖精の答えは、実に無情なものでした。

「年齢制限なし。この王子の死因は、必ず腹上死だ。どうだ、めでたいことこの上ない祝福だろう」
随分品のない妖精ですが、当時は、妖精も玉石混交だったのです(今もですね)。

下品か上品かはともかくとして、妖精の祝福は絶対です。
真実の恋をして、その相手を結ばれた時に必ず死ぬ。
それが、氷河王子の宿命なのです。
なんて悲しいさだめでしょう。

『眠り姫』の物語であれば、ここで、まだ赤ちゃんに祝福を与えていなかった妖精が、『死』を『百年の眠り』に差し換えてくれるところですが、あいにく今回、他の妖精たちはみんな王子に祝福を与えた後で、眠り姫の時のような、起死回生の祝福は期待できませんでした。
妖精たちの祝福は、一人の人間に対して、それぞれ一つずつしか与えられないことに決まっていたのです。


『氷河王子に恋をさせてはならない』
『氷河王子の視界に、美しい娘の姿を入れてはならない』
その時から、北の国では、この二つの注意事項が、憲法第九条よりも大切な決まりになったのでした。






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