氷河王子の奇跡の復活が成った、その翌日。 瞬王子は、氷河王子には何も言わず、ひっそりと北の国のお城をあとにしました。 氷河王子の命を救って、瞬王子は自分の務めを果たしました。 氷河王子はもう、どこのお姫様とだって結婚できるわけで、同性の瞬を婚約者にしておく必要もなくなったわけです。 カニ好きの妖精の呪いが解けた今、自分は氷河王子の前から消えた方がいいのだと、瞬王子は切なく考えたのでした。 まだ見ぬ故国があるはずの南の方角を目指し、瞬王子はとぼとぼと徒歩で街道を進みました。 北の国のお城の厩舎には、北の国の王様にもらった瞬王子用の馬もあったのですけれど、今の瞬王子は颯爽と馬の背に跨って帰国の途に就く気分ではなかったのです。 そんな瞬王子が、騎乗した氷河王子にあっという間に追いつかれてしまったのは当然のことでした。 「瞬、いったいどこに行くつもりだ!」 瞬王子を追いかけてきた氷河王子は、馬上から瞬王子に問い質しました。 「氷河……どうして、ここに……」 もう二度と見ることはないだろうと思っていた氷河王子の姿を目にしただけで、瞬王子の瞳からは涙があふれてきました。 「どーしてもこーしても、おまえの姿が見えなくなったら、捜すのは当然だろう!」 実のところ、氷河王子は、なぜ瞬王子が自分の前から姿を消そうとしたのか、その理由が飲み込めていませんでした。 せっかく、やっと、心おきなく愛し合えるようになったというのに、こんなことがあっていいものでしょうか。 氷河王子は、瞬王子の身勝手に少し怒っていました。 けれど、瞬王子は瞬王子で瞬王子なりに、氷河王子のことを思って、北の国のお城を出たのです。 瞬王子は、氷河王子のために、こうすることを決めたのです。 「氷河は──氷河は妖精の呪いから解放されて、僕の務めは終わったし、そうなったら、僕は、氷河の側にいない方がいいと思うんだ。だから──」 「務め? おまえは俺の側にいることを、自分の義務か何かだと思っていたのか?」 「そうじゃないよ! そうじゃないけど、僕は……お姫様じゃないから……」 そう言って顔を伏せてしまった瞬王子に、氷河王子は、一瞬 虚を衝かれたような顔になりました。 この童話的世界で──愛情が疑いもなく美しいものとして存在し、善行を積んだ者が良い報いを受け、智恵と勇気を持つ者が人の上に立つのが当たり前の世界で──そんな生物学的・自然科学的なことを気にして、いったいどうなるというのでしょう。 どうにもなりません。 なってたまるかと、氷河王子は思いました。 今ひとつ環境に順応できていない瞬王子をこの世界に引きとどめるために、氷河王子は乗っていた馬から飛び降りると、瞬王子の手を掴み、それから、瞬王子をしっかりと抱きしめて言いました。 「そうなのだとしても──いや、そうなのだとしたらなおさら、おまえの務めは終わってなどいないぞ! 一度失った俺の命を、生き返らせてくれたのはおまえだ。俺の命はおまえのもの、それを放ったらかして、務めも何もあるか!」 「でも、僕は──」 「おまえは平気なのか。もう、俺とできなくなっても !? ──違った、俺と離れていても !? 」 氷河はなんて残酷なことを訊くのだろう──と、瞬王子は思いました。 それは、とても残酷な質問でした。 「平気なはず──平気なはずないじゃない。今までいつも一緒だった氷河と離れ離れになるなんて……!」 氷河王子と離れることは、瞬王子にとっては、まるで自分の手足をもがれるように辛いことでした。 氷河王子とはもう会えないかもしれないと思うだけで、瞬王子の胸は、目に見えない赤い血が流れ出るほどの苦痛を覚えていました。 それに、なにしろ、氷河王子との××はとても気持ちよかったですしね。 もちろん、瞬王子は、そんなはしたないことは口にはしませんでしたけれど、あの歓喜の時の記憶が、これからはむしろ自分自身を苦しめるだけのものになるだろうこともわかっていました。 けれど──。 「でも、氷河はもう、僕がいなくても生きていけるんだし……。ううん、僕がいない方が氷河のためには、きっと……」 このお話は童話だったはずなのに、瞬王子の乗りはすっかりメロドラマです。 メロドラマのヒロインにありがちな犠牲的精神は、けれど、氷河王子の好むところではありませんでした。 |