「氷河。僕、お茶飲みたい。アイスのアールグレイ」 「わかった」 いつもなら、それは瞬の仕事だった。 用意する者の手間も考えずに、平気で別々の要望を口にする仲間たちのオーダーをとりまとめ、嫌な顔ひとつ見せずに、城戸邸の厨房から それらのものを運んでくる。 気配りを気配りと感じさせないように自然に 仲間たちの様子を見計らい、いかにも自分の飲み物を用意するついでのような態度で、瞬はそれをしてくれていた。 ── つい昨日までは。 故に、それは、尋常のことではなかったのである。 瞬がそんな雑事で他人を使おうとすることも、氷河がそんな雑事で他人に大人しく使われてみせることも。 その尋常でない事態を怪訝に思いながらも、星矢と紫龍はいつもの調子で、氷河に自分のオーダーを告げた。 「あ、んじゃ、俺、プロテインスーパータブ900のココア風味。ちょっと薄めに作ってくれよな」 「俺は、敦煌の鉄観音茶だ。洗茶を忘れずにな。お湯は沸騰直前の95度くらい、濃い目で頼む」 仲間の好みを熟知している瞬相手になら言わずもがなのことをわざわざ説明したのは、彼等なりの気遣いだった。 しかし、今日の給仕はいつもの給仕ではない。 「なぜ俺が、貴様等の飲み物の世話をしなきゃならないんだ?」 今日の給仕は、ぎろりと凶悪な目つきで、彼の客たちを睨みつけた。 その まるで接客態度のなっていないギャルソンにクレームをつけようとした星矢を遮ったのは瞬である。 「氷河、星矢と紫龍の分も用意して」 「……わかった」 星矢たちには居丈高な態度を極め尽くしていた氷河が、瞬の指示には大人しく従う。 氷河がラウンジを出ていくと、星矢は早速、事の次第の説明を瞬に求めることになった。 「瞬。氷河の奴、どうかしたのか?」 「どうかって?」 「いや、氷河は、いそいそと他人のお茶の支度するような奴じゃないだろ。たとえアテナの命令でもさ」 あれを『いそいそ』というのなら、星矢の辞書には『不承不承』という単語は載っていないに違いない。 それはともかく、要するに。 星矢の知っている氷河は、根本的に怠け者だった。 自分のしたいことは自分のしたいように 周囲への説明もなしにやってのけるが、人様のために何事かをする──自発的にでも、命じられてのことでも──ことは、まず ありえない。 不思議そうに尋ねた星矢への瞬の答えは、 「奉仕の精神に目覚めたんじゃない?」 ──という、天地がひっくりかえってもありえないものだった。 |