「──というわけでね、今は、氷河が城戸邸でみんなと暮らしてた頃から何年も経っててね、氷河は白鳥座の聖闘士として、アテナのもとで、地上の平和のために闘ってるの」

緊急事態の報告を受けた紫龍や沙織が現場にやってきたのは、ちょうど、瞬が、8歳の氷河に彼の現況を説明し終えた時だった。
好奇心旺盛で賢そうな子供の目をした氷河が、瞬に大きく頷き、たった今聞いたばかりの説明内容を復唱する。

「俺は聖闘士になってて、おまえは瞬が大きくなったやつで、あれが星矢で、こっちが紫龍で、それから──」
自分の理解が間違っていないことを確かめるように、氷河は、彼の仲間を一人一人指差して、その名を口にした。
最後に沙織の姿を見て、あからさまに嫌そうに顔を歪める。

「俺は、城戸沙織が嫌いだぞ。大きくなった俺は、なんでこんな奴のために闘ってるんだ? 俺だけじゃない。みんなも城戸沙織が嫌いだったじゃないか。我儘で、いつも威張りくさってて、意地悪でさ」
「氷河!」

長椅子の氷河の隣りに座っていた瞬は、慌てて彼の口をふさいだのだが、正直な子供の口から発せられた言葉は、そんなことでは消し去れない。
強張り青ざめた沙織の口許と頬を見て、瞬は──瞬こそが、全身を凍りつかせた。
「す……すみません!」

瞬の謝罪を受けた沙織が、小さく首を横に振る。
「いいのよ。当然のことだわ。確かに私は我儘で傲慢だった。私だって、あの頃の自分は嫌いだし、過去はどうしたって消せないものだわ」
とはいえ、今になって、子供の頃の傍若無人のしっぺ返しを食うことがあろうとは、沙織も思ってはいなかったのだろう。

「で……でも、人は変わるものだし、成長するものです。氷河は──今の氷河は今の沙織さんを嫌ってなんかいませんでしたよ!」
沙織と氷河とを同時に弁護する瞬の言葉を聞いた沙織が、辛そうに微笑う。
その微笑が、瞬を更に慌てさせた。

「こ……子供の頃は、誰だって自分が世界の中心にいるんだと思っているものじゃないですか。周りが見えなくて、だから我儘で、でもそれは誰だってそうだし、沙織さんだけのことじゃないですよ!」
瞬の主張は、一般論としても、大概の人間に受け入れられるものだったろう。
だが、彼等が幼い子供だった時、この城戸邸に、“一般的な”子供はただの一人もいなかったのである──城戸沙織以外。

「あなたはそうじゃなかったわね。子供の頃から、周囲の人間を気遣っていて──いいえ、あの頃この邸にいた私以外の子供たちはみんながそうだった。仲間のことを気遣って、励まし合い、支え合って──私だけが、自分のことしか見ていなかった」

「沙織さん……」
人は、時に、自分が罪を犯していないという事実に罪悪感を覚えることがある。
今の瞬がそうだった。

「そんな顔しないで。大丈夫よ」
我儘な子供でなかった自分自身を心苦しく感じているような瞬に、まだ幾分ぎこちなさの残る笑みを向けてから、沙織は氷河に向き直った。
「ごめんなさいね、氷河。でも、あれから私も少しは成長したの。あなたのお眼鏡に適うほど立派な人格者にはまだなれていないけど、あの頃に比べれば少しはマシになったつもり。できれば、あの頃の私を許して、そして、今の私を見てちょうだい」

すべての聖闘士たちを統べるアテナ、地上の平和のために腐心する女神にそう言われても、氷河は、聞く耳も持たないと言わんばかりの態度で、ぷいと横を向いてしまった。
彼が、その外見までもが子供に戻っていたならば、それは罪のない子供らしく可愛らしい仕草だったかもしれない。

だが、大きななりで、ぷいと横を向いてしまった氷河の様子はどこか滑稽で、そして、それは瞬の目にひどく無慈悲なものに映った。






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