翌朝、瞬は、一目で寝不足とわかる有り様で、仲間たちと顔を合わせることになった。

「なんだ、その顔は。やっぱり襲われたのか? 8歳になっても氷河は氷河だったか」
「冗談にならないから、そういうことは言わないでください!」
早朝から瞬を茶化しにかかった紫龍は、瞬の丁寧語を聞いて、一抹の不安を覚えたらしい。
「何事もなかったんだろう?」
確認のために尋ねてきた紫龍に、瞬は力なく頷いた。

「その件に関しては……。ただ……」
「ただ?」
「…………」

実は、瞬は、あのあと、氷河にせがまれるまま、ごく簡単にではあったが、城戸邸を出てからの彼の数年間の話を語ってきかせてしまったのだった。
──氷河の“腫れ”が悪化しないように。

瞬の狙い通り、自分がこれから闘い倒すことになる人々の話を聞いて、氷河の下半身は確かに冷静さを取り戻してくれたのだが、それと同時に瞬もまた、平生の判断力を取り戻すことになった。
瞬のまっとうな判断力は、『そんなことを子供に話すべきではなかった』と、瞬を強く責めてきた。

「なんで、そんなことを8歳の子供に話して聞かせたりしたんだ」
「それは……」
8歳の子供らしくない立派なものが怖かったからと言うこともできず、瞬は、紫龍の前で項垂れることしかできなかったのである。
弁解は、できなかった。

氷河がやってきたのは、ちょうどそんなふうに瞬が項垂れている時だった。
氷河は紫龍に『おはよう』も言わず、瞬に尋ねてきた。
「瞬、俺は今日は何をすればいいんだ? 聖闘士は、毎日何してるんだ?」
「え? あ、まあ、自宅待機……かな」
「自宅待機?」

特にすべきことはない──と言われて、氷河は明白につまらなそうな顔になった。
氷河のその様子を見た瞬は、彼が夕べ聞いたことを忘れてくれているのではないかという、期待を抱いてしまったのである。

それはともかくとして、8歳の子供に、“予定のない一日”というものは、一種の苦痛に似たもののようだった。
瞬は、夕べのことを確かめることも恐ろしく、代わりに、氷河に子供らしい遊びを提案した。

「氷河、一緒にお絵描きでもしようか」
「お絵描き? トレーニングしなくていいのか?」
「うん、しなくていいよ。それとも、遊園地にでも行く?」
「お絵描きする。遊園地なんかに行ったら、金がかかるじゃないか」
「…………」
氷河のその返事で、瞬の中にまた一つ、お金も時間も自由にならなかった昔の記憶が蘇る。

子供が子供らしく我儘でいられなかった時代──。
あの時間の中にいる今の氷河が、瞬は急に愛しくなった。






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