聖域にその情報をもたらしたのは、今は冥界にいるアテナ側の が、これまでに幾度も亡き者たちの意思を組んだ黄金聖衣が生者の国を闊歩(?)する様を見てきた星矢たちは、それをさほど不思議なこととは思わなかったのである。 肉体は朽ちても、その意思は永遠なのだろうと、彼等は素直に納得した。 否、彼等は、ムウの言葉を怪訝に思うどころか、生きた肉体を失っても、地上と地上に住む人々を思い続けるその者の心根に、感動を覚えさえしたのである。 しかし、その者が生者の世界にもたらした情報は、アテナの聖闘士たちが聞いて楽しめるようなものではなかった。 「冥界のハーデスが、アンドロメダに対して、なにやら良からぬことを企てているらしいのです」 「へ? なんで瞬?」 星矢が素頓狂な声で尋ね返すのも当然のこと。 青銅聖闘士たちは、瞬と冥界の王が知り合いだという話など、これまでただの一度も聞いたことがなかった。 「なんでも、冥界のハーデスは、地上で最も清らかな人間に作用する力を持っているらしいのです。その“清らかな者”として、アンドロメダに白羽の矢が立ったらしく……ハーデスが実際にどういうことをするつもりなのかは、全くわかっていないんですけれどね」 寝耳に水の冥界の陰謀を訝る青銅聖闘士たちの前で、 その“地上で最も清らかな者”であるところの瞬を、ハーデスが利用することができなければ、地上に仇なす冥界の王が生者の世界に降臨することを完全に阻むことはできなくても、その事態を先送りできるかもしれないのだ──と、そんな話を。 得心できないなりに、そんなこともあるのかもしれないと、星矢たちは思ったのである。 合理的・論理的な説明や理由を“神”に求めることは無意味かつ無駄だということを、これまでの闘いで、星矢たちは嫌になるほど思い知らされていたのだ。 神とはそういうもの──気紛れで突拍子もない思いつきを、平気で実行に移すもの──という認識が、青銅聖闘士たちの中にはきっちりと形成されていた。 だから、冥界の王が瞬に対して何やら陰謀を企てている──という事自体は良かったのである。 良くはないが、ありえることと認めることはできた。 だが、 「そういうわけで我々は、ハーデスの降臨を遅らせるためには、アンドロメダの心身を汚すのが最も手っ取り早い方法だという結論に至ったのです」 ──というムウの言葉を、『はい、さいで』と受け入れることは、星矢たちにはできなかったのである。 黄金聖闘士がわざわざ日本までやってきて、言うに事欠いて、それが黄金聖闘士たちの討議の結論だというのだから、瞬の仲間たちは呆れ果てていた。 到底本気とは思えなかった。 正気の沙汰でもない。 アテナの聖闘士が清らかなものをあえて汚すという行為は、たとえて言うなら、生まれたばかりの無垢な赤ん坊に、この世に存在する正義は脆弱で信ずるに足りないものだと吹き込んで、その心に絶望や不信の種を──アテナの標榜する正義への疑いを──植えつけるようなものだと、青銅聖闘士たちは思った。 |