氷河の言動を最初におかしいと感じたのはいつだったろう。 今にして思えば、それは、聖闘士になって日本に帰ってきた氷河に再会した その瞬間だったような気がする。 あの時からずっと、僕は氷河に奇妙な違和感を抱き続けてきた。 それが決定的になったのは、氷河が兄さんに、 「瞬のためを思うなら、貴様はここを出た方がいい」 と言っているのを聞いた時。 その言葉を聞く、ほんの1秒前まで、僕は、死んでしまったと思っていた兄さんが生きて帰ってきてくれて、また一緒に暮らせるようになって、有頂天になっていたのに。 「ついこの間まで敵だった奴と共に闘うのは、俺たちもやりにくいし、元裏切り者の兄がいたのでは、瞬も心苦しいだろう。貴様が生きていることさえわかっていれば、瞬も、貴様を思って泣くのはもうやめるさ」 兄さんはどんな顔をして、氷河の言うことを聞いていたんだろう。 氷河と兄さんがいる部屋に素知らぬ振りをして入っていく勇気は、僕には持ち得ないものだった。 というより、氷河がなぜそんなことを言うのかがわからなくて、僕は二人のいる部屋の扉の前でただ立ち尽くしていた。 氷河は、そんなに、裏切り者と一緒に闘うことを好まないんだろうか──? 人が生きていてくれるのは、それだけで嬉しいことだ。 まして、一度は死んだと思っていた人が。 それが罪人でも、自分を傷付けた人でも、ううん、たとえそれが悪魔だったとしても、その人が心を持って生きていてくれることが、僕は嬉しい。 生きてさえいたら、罪は 心は変えられる。育てられる。 人は何かができる。 生きてさえいたら。 死ぬことだって、生きているからできることだ。 まして、それが肉親や友人だったら、生きていてくれるってことは、なおさら嬉しいことだと思う。 そして、生きていてくれるのなら側にいたい。 ──僕の感じ方は、どこか変なんだろうか? 氷河が兄さんに告げた言葉にショックを受けて、僕は兄さんが氷河に何と答えたのか──あるいは何も答えなかったのか──を、確かめ損なった。 混乱している僕の目の前で、思わせぶりに扉が開く。 部屋から出てきたのは、氷河ひとりだけだった。 僕は兄さんの出した答えを知るのが怖くて──部屋から出てきた氷河の腕を掴まえ、無言で彼を城戸邸の庭に引っ張っていった。 |