アルベリッヒのプライドの崩壊を、その直前で食い止めてくれたのは、この世に邪悪がはびこる時、必ずや現れるという希望の聖闘士──の一人だった。
アルベリッヒが優越感に浸れる馬鹿の登場が、アルベリッヒを立ち直らせるための希望の光を彼の心に射し込ませてくれたのである。

「こんなところで、ふたりきりで何をしている」
馬鹿な希望の聖闘士は、今日もひどく不機嫌だった。
広いラウンジならともかく普段 人のあまり来ない談話室に、瞬と“昨日の敵”が閉じこもっているのが気に入らなかったらしい。

氷河の登場で場の雰囲気が険悪になるのを危惧した瞬は、少々慌て気味に微妙に不自然な微笑を作った。
「あ、えーと、夢の話してたんだ」
「夢?」

氷河が、自身の不機嫌を隠す様子もなくアルベリッヒを一瞥して、あからさまに嫌そうに眉をひそめる。
「俺は夕べ、やたらと銃身の長い銃剣を振り回している夢を見たぞ」
「実にわかりやすい性的欲求不満の夢だな」
幾分プライドの立て直しに成功したアルベリッヒは、氷河の“夢”の内容を聞いてせせら笑い、軽蔑しきった口調でそう言った。

「氷河、夕べはそんな夢見てる暇なんかなかったくせに!」
フロイトの著書にも そこまでわかりやすい事例は載っていないだろうと断言できるほど典型的欲求不満の夢。
それを氷河がわざと口にしたことがわかっている瞬は、真っ赤になって氷河の嘘を叱責した。

「夢違いだよ。僕たちが話してたのは、眠ってる時に見る夢じゃなくて、現実に叶えたい夢の方。氷河にもそっちの方の夢ならあるでしょう?」
瞬に話を振られた氷河は──彼は、瞬が自分の相手をしてくれているのなら、それで文句はなかったのである──素直に彼の夢を語ることで、話題を元に戻したがっている瞬の希望に沿った。
「それはまあ、世界が平和になって、俺たちの出番がなくなって、俺たちが俺たちの好きなように時間を使えるようになることだな。人類皆兄弟・世界恒久平和というやつか」

「馬鹿馬鹿しい。そんな夢が叶うわけがない」
同じ内容の夢でも、語る者が馬鹿ならばやりこめられる──はずである。
アルベリッヒはそれを期待して、氷河に軽蔑の視線を投げた。

「叶うだろう。人間はそこまで馬鹿でもない。貴様を見ているとあまり利口でもないような気もするがな。まあ、今すぐ全人類が自発的に戦いを放棄するというのは無理にしても、人はいつかは戦い続けることの無意味と有害を悟るさ」
いつかは・・・・、ね。その時に人類が滅びていないといいがな」
「全くだ。まあ、その時にできるだけ多くの人間が生き残っていられるようにするために、俺たちがいるわけだし、せいぜい励むことにするさ」

アルベリッヒの皮肉は氷河には通じない。
片頬を引きつらせるアルベリッヒの前で、氷河同様皮肉の通じない瞬もまた、明るい笑顔を浮かべ、頷いた。
「うん。頑張ろうね!」

アテナの聖闘士たちは、どこまでも楽観的だった。
叶わぬ夢を夢見ているはずの彼等は、そして、ひどく幸せな人間でもあった──アルベリッヒの目には、そう映った。

アルベリッヒは幸せな人間が嫌いだった。
そして、馬鹿な人間が大嫌いだった。
不幸で馬鹿な自分はいったいどうすればいいのかと、己れの進むべき道を見い出ないまま、彼は幸福な人間たちの前で迷うばかりだったのである。






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