「素敵な夢じゃない。彼は世界中の人たちから愛し尊敬される施政者になりたいんでしょ。彼、頭もよさそうだし、みんなに歓迎される方向への転換が図れれば、きっと──」
「俺には、あいつなんかより星矢の方がずっと利口に見える」
「彼は星矢より幸せになるのがへたなだけでしょう。不器用なだけ。可愛いじゃない」
「おまえに可愛いなんて思われていることを知ったら、奴は即座に舌を噛んで憤死するな。賭けてもいい」
「彼、プライド高そうだものね……」

『こんなことくらいで舌など噛んでたまるかっ!』
と、扉の向こう側にいる二人を怒鳴りつけてやりたい衝動に、アルベリッヒはかられた。
実際、彼はそうしようとしたのである。
そうしようとしたアルベリッヒを止めたのは、続いて聞こえてきた氷河と瞬のやりとりだった。

「ああいうふうに利口ぶって、他人を一段低く見てるような奴は、他人に同情されたり、優しくされたりするのがいちばん嫌いなんだ」
「ヒルダさんが、僕たちのところで、彼に新しい夢を見つけてほしいって言ってたことも、彼に知らせるのは逆効果かなぁ……」

「…………」
瞬のその呟きが、アルベリッヒの喉元までりあがってきていた怒声を霧消させたのである。
ヒルダがそんなことを考えて自分を日本に送り込んだという事実は、彼には初めて聞く話だった。

アルベリッヒは今回の来日を、裏切り者である元腹心を疎んじ、その処遇に困ったヒルダの窮余の策だったのだと思っていた。
自分はていのいい厄介払いをされたのだと。
だがそうではなかった──少なくとも、それだけではなかった──らしい。

その時、彼は初めて気付いたのである。
自分は世界を欲していたのではなかったのだということに。
自分は世界を欲していたのではなく、ましてや、ヒルダに成り代わりたかったのでもなく、ただ──ただ彼女に自分の存在を認めてほしかっただけなのだと。

アルベリッヒの欲しいもの、目指しているものを、ヒルダはすべて備えていた。
そのヒルダと彼女に認められている者たちに、自分自身を認めてほしかった。
決して彼等を支配し服従させたかったのではなく、ただ自分という存在を認めてほしかったのだ。
アルベリッヒの真実の夢は、本当はそんなふうにごくささやかな──そして、根本的なものだった。






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