21世紀に入って何度目かの大晦日の午後のことだった。 「氷河は、日本のお正月の何たるかをわかっていないんだ!」 氷河ではなく瞬が、仲間たちの前で、憤懣やるかたなしの怒声を響かせたのは。 瞬の怒りが“本気”のレベルに達することは滅多になく、かつまた、そういうことは大抵は氷河の役どころであったので、この状況は非常に珍しい。 それだけでも、星矢と紫龍は十分に驚いたのである。 しかし、彼等は、それくらいのことで驚いている場合ではなかった。 彼等は、瞬の怒りの内容を知ってから驚くべきだったのである。 実際それは、驚くべき怒りだった。 すなわち、 「お正月にいちばん大事なのは、 ──である。 「へっ !? 」 「 「はあ……」 「なのに、氷河ったら、そんなのする必要ないって言うんだ! 氷河は、外見はあんなでも、僕たちと同じ日本人の心を持ってるんだと、僕、これまで固く信じてたのに……」 「あー……そりゃひでぇなー」 瞬が涙ぐんでいるのだから、とりあえず慰めなければならない──という、ほとんど義務感、もしくは条件反射で、星矢は瞬にそう答えた。 星矢の慰めの言葉は、しかし、ほとんど定型文言の棒読みだった。 瞬の“怒り”の内容に、星矢と紫龍はあっけにとられていたのだ。 それは、氷河が悲憤慷慨しているのであれば、いつものことと一笑に付すことができる類の怒りではあった。 が、まさか、そんなセリフが瞬の口から飛び出てくることがあろうとは。 星矢と紫龍の驚きも至極当然のことである。 彼等の瞬のイメージは、“好き者の氷河とくっついてしまったために、とんだ災難をしょいこんだ気の毒な仲間”──だったのだから。 「おい、紫龍。今、俺の中で、瞬のイメージがガラガラガラと崩れかけてるんだけど……」 両の拳を握りしめて自らの怒りに身を任せている瞬を視界に映しながら、星矢が紫龍に耳打ちをする。 「俺たちは、瞬を誤解していたのかもしれないな」 考え深げに眉をひそめ、紫龍もまた低い声で星矢に答えた。 「実は瞬も本当は かなりその道を好きだったのかもしれないぞ。氷河がいつも、やりたい やる やる時 やります やれば やろう と大騒ぎしているから、瞬はあえて自分自身がやりたいの何のと言う必要がなかっただけで、俺たちは、勝手にそれを、瞬が氷河に引きずられているんだと思い込んでいただけだったのかもしれない。──考えてみれば、氷河がやっている時には、瞬も必ずやっているんだからな。つまり瞬は、あの氷河と同じだけやっているんだ。これは恐るべきことだぞ」 「んなこと、これまで一度も考えたこともなかったけど……。考えてみれば、そりゃ確かにすげーや……」 星矢と紫龍のやりとりは、本気の怒りで興奮気味の瞬には聞こえていなかったらしい。 瞬は、仲間たちのぼやきに気付いた様子もなく、自身の怒りをひたすら言い募るばかりだった。 「氷河ってば、いつも、僕の身体のあちこちに触って、餅肌っていうのはこういうのを言うんだとか何とか言ってるくせに、肝心のお正月に姫初めをしてくれないなんて!」 「う……」 なにやら妙になまなましい話を持ち出されて、星矢と紫龍は軽い目眩いと頭痛を覚え始めていた。 「まあ、氷河もあれで生身の人間だし、体調の優れない時だってあるだろう」 氷河を庇うためではなく、瞬の怒りを和らげるために、紫龍はそう言ったのだが、瞬は彼の言葉を言下に否定した。 「根性が足りないんだよ! 氷河ってば、最初から逃げ腰で……氷河なんか聖闘士の風上にも──ううん、男の風上にも置けないよ!」 「…………」 瞬の怒りも信じられないが、氷河の弱腰は更に信じられない。 新たな年を迎えようとしている今この時、いったいこの世界にどんな大異変が起ころうとしているのか、星矢と紫龍にはさっぱりわからなかった。 |