氷河が緊張したのは当然のことである。
瞬の望みが『氷河に自作の詩を捧げてほしい』ということで、他意はないというのなら、氷河は瞬の望みを叶えてやらなければならなかった。
しかし氷河は、瞬の兄のように、『血塗られた過去を白く染め変えてくれ』と白い雪に頼み込むようなことをして“ポエマー”の称号を得るようなことはしたくなかったのである。
そんな恥ずかしい真似ができるわけがないではないか。
瞬の兄ではあるまいに。

そこで、氷河は、当然の成り行きとして、瞬の望みを撤回させるための行動を開始したのである。
「言葉がどれほどのものだっていうんだ。言葉がヒトの第二の遺伝子だというのなら、ヒトの遺伝子の進化を止めたのも言葉だと言うことができる。そうなったら人間は、言葉で発展していくしかないんだからな。今の番組でも言っていただろう。言葉は、人類の発展どころか人類に破滅をもたらすかもしれない諸刃の剣だと。過去には、弁の立つ扇動者や独裁者に乗せられて戦争が起こった例もある」

“ポエマー”なる称号は、一種の差別用語である。はっきり言うと、蔑称なのだ。
瞬の兄と同じ称号で呼ばれる光栄を、氷河は全く望んでいなかった。
そんなものになりたくなかった氷河は、ゆえに、あえて瞬の意見に反駁を試みた──のだが。

「でも、言葉が人間を人間たらしめる重要な要素だっていうのは紛れもない事実でしょう? そしたら、その言葉を操って恋や人生を語れる詩人は、素晴らしい人間だってことになるでしょう?」
星矢界を代表する──否、今現在、星矢界でただ一人ポエマーの称号を持つ男の弟が、そう言って、澄んだ瞳で氷河を見詰めてくる。
その瞳にくらくらしかけた氷河の右手をその両手でしっかりと包み込み、瞬は重ねて訴えた。
「ね、氷河。僕に氷河の作った詩を聞かせて」

「う……」
氷河の“くらくら”が“くらくらくらら〜”にグレードアップし、氷河は思わず、鼻の下を伸ばして瞬に頷きそうになってしまったのである。
そんな氷河を押しとどめたのは、ひとえに、ポエマー・一輝の後塵を拝することなど死んでもしたくないという、執念にも似た思いだった。






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