突然 千日戦争に突入してしまった乙女座の黄金聖闘士と剣道三段辰巳徳丸。 その、あまり美しいとは言い難い光景を見てしまったせいで、恋の詩創作に向けられていた氷河の意欲と情熱は、急激に減退した。 やる気がまるでなくなった。 聖域に生息している面々に助力を求めようとしたことがそもそも間違いだったのだと、遅ればせながらに気付き、彼は、激しい疲労感と徒労感だけを旅の土産に、そのまま瞬の待つ日本に退散することにしたのだった。 「氷河、ギリシャまで遠征して、詩の修行してきたんだって? 成果を見せて」 疲れ切って帰国した氷河を出迎えてくれたのは、安堵感とときめきとを同時に氷河に与えてくれる、懐かしいアンドロメダ座の聖闘士だった。 氷河に向けられる瞬の瞳は真夏の夜空の星のようにきらめいていて、氷河の修行の成果に、瞬がどれほど大きな期待を寄せているのが見てとれる。 「瞬……」 瞬を失望させるのは、氷河の本意ではなかった。 本意ではなかったのだが、しかし、ない袖は振りたくても振れない。 氷河は覚悟を決めて瞬の前に立ち、一つ深呼吸をしてから、この修行で彼が辿り着いた結論を瞬に告げた。 「瞬。俺はおまえが好きだが、それを言葉で飾る必要性を感じない。俺はおまえが好きだ。だが、ただそれだけだ」 少々投げやり気味で、ぶっきらぼうにも取れる氷河のその言葉に、瞬が大きく瞳を見開く。 それから瞬は──氷河が驚いたことには──まるで、春の訪れに気付いた白い春の花が色づくように、その頬をぽっと薔薇色に上気させたのだった。 「……素敵」 「へ?」 いったい瞬は何を『素敵』と思ったのだろう? 当惑する氷河の前で、瞬は、うっとりしたような瞳と表情を彼に向け、 「もっと言って」 と言った。 わけはわからない。 何が『素敵』なのか、瞬は何にうっとりしているのか、氷河はまるでわけがわからなかった。 しかし、何はともあれ、瞬がそれを望んでいるのだ。 わけがわからないまま、氷河は瞬の望む通りのことをした。 「俺はおまえが好きだ」 氷河が繰り返した言葉に、瞬がますます陶然とした様子で、氷河の胸に頬を寄せてくる。 そうなっても氷河は、瞬が『素敵』と言ったものが何なのかを理解しかねていたのである。 氷河の胸の中で、瞬が、 「僕も、氷河が大好き」 と囁くまで。 そのはにかんだように控えめな囁きを聞いた途端、氷河はすべてを理解したのである。 瞬のそれだけの言葉が、氷河を天にも昇る心地にする。 それは、氷河にとって、1万行を費やした詩より、100万の単語を連ねた詩より甘く美しく快い言葉だった。 世の中にこれほど美しい言葉があるものかと、氷河は本気で思い、その言葉に酔うことをした。 それから氷河は、その美しい詩を語った瞬をしっかりとその手で抱きしめたのである。 ──言葉は、人類の第二の遺伝子。 人類を発展させ、また滅ぼすこともできる諸刃の剣。 人を傷付け、また癒すこともできる強大な力。 その第二の遺伝子をどちらの方向に使うことが望ましいのか──それは改めて考えてみるまでもない問題である。 人類が破滅に至らず、幸福になり、そして、互いに理解し合うためには、誠実に生きて真実を語るのが唯一の道。 耳に快いことを言おうなどと考えず、ひたすら真実を語る。 それが、人の心を打つ 美しい詩になるのだ。 Fin.
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