翌朝、北アルプスは快晴だった。
山頂に続く道と麓の町に続く道が白く輝いている。

「本当に上に行かないのか。こんなにいい天気の日は滅多にないのに」
「今回はただのデートだったんでな」
山の仲間たちの誘いを、氷河が相変わらず愛想の感じられない声と表情で固辞する。
デートにこんな場所を選ぶ馬鹿がいるかとからかう者、その馬鹿に付き合う彼女がいることを羨ましいとぼやく者、反応はそれぞれだったが、彼等の瞳はいずれも、快晴の冬の空と同じように明るく輝いていた。

生きることから逃げていない者たちの瞳。
それらのものは、瞬の目に、剱岳の白い山頂を照らす陽光よりも眩しく見えた。
そして、同じ輝きを自分の瞳も有していればいいと、瞬は願った。

「力持ちの嬢ちゃん、またおいで。山男はみんな優しいからな、氷河が浮気でもしたら俺が殴ってやる」
「ありがとう。僕が殴ると氷河はきっと死んじゃうから、その時には頼みに来ます」
瞬が真顔で告げた言葉に、大荷物を背負った山男たちがどっと笑う。
笑ってしまってから、彼等は、『笑っていいんだよな』と確かめるように、互いの顔を見合わせた。
瞬の怪力が、彼等には未だに白昼夢(見たのは夜だったが)か何かに思えているらしかった。


「じゃあ、また」
山頂を目指す山男たちを見送り、誰もいなくなった山荘の扉を閉じる。
「さて、帰るか」
「うん」

そうして氷河と瞬は、二人で、彼等の帰るべきところに──闘いの待つ場所へ──帰っていったのだった。





Fin.






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