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「僕……星矢のことが好きなんじゃないかと思うんだ」

『最近元気がないようだが』と、話の水を向けた氷河に対する瞬の答えがそれだった。
「? 改めて言われなくても知っているが」
瞬の返答の意味を理解しかねた氷河は、ほとんど反射的に、質問の形を取らずに反問した。

そんなことは、改めて言われなくても、氷河は知っていた。
星矢に限らず──そもそも瞬が人を嫌うことは滅多にない。
瞬は、誰かを嫌いだと感じれば、そう感じた自分自身を責めるような人間なのだから。

「そういう好きじゃなくて……」
ラウンジのソファに全身を沈めるように腰掛けていた瞬が、自分の告白の意味するところが些かも氷河に通じていないことに気後れしたように、目を伏せる。
瞬のその様子を見て初めて、氷河は胸中に怪訝の念を抱いた。
「そういう好きでないのなら、どういう好きだというんだ」
その時点で、まだ氷河は、その・・可能性に気付いていなかった。
それほどに、氷河の中で、それ・・は“ありえないこと”だったのである。
まさか、瞬の口からそんな言葉を聞く羽目になろうとは、氷河はこれまでただの一度も考えたことがなかった。

「だから……星矢を見てると心臓がどきどきして、気分が浮き浮きしてきて、いつも側にいたくて、側にいると安心できて……。あの……そういう“好き”……」
そこまで詳細かつ具体的な説明を受けて、氷河はやっと瞬の言う『好き』の意味を理解した──言葉の意味だけを。
そして、唖然とした。

「へ……変だよね、こんなの。ごめんなさい、急に変な話して」
瞬は、冗談でそんなことを言っているわけではないらしい。
氷河の前で、本当に瞬は──恋する者の恥じらいと臆病を露呈して、それから遠慮がちに会話を終わらせようとした。

「それは……星矢と寝──いや、触れ合いたいというような希望を伴った“好き”なのか」
瞬に対して、いったいどういう言葉を用いて それを確かめればいいのか──。
氷河はなるべく露骨でなく刺激的でない言葉を必死に探しながら、掠れた声を渇いた喉の奥から絞り出した。

「嫌じゃないと思う……。だから、そういう好き……」
瞼を伏せて、そう答える瞬の頬は朱の色に紅潮していた。
瞬の瞳が潤んでさえいることを、その小刻みに震える肩を見て、氷河は容易に察することができた。

氷河は呆然としてしまったのである。
そして、『なぜ、それを俺に言う!』と叫びたい衝動にかられた。
「急に変なこと言ってごめんなさい。忘れて」
忘れろと言われて、忘れられることだろうか、これは。

瞬の“好き”の相手が一輝なら──氷河は、敵愾心を燃やして、瞬の心を瞬の兄から自分の方に引き寄せるための画策にとりかかっていただろう。
紫龍なら、露出狂や極端な儒教精神等、あまり褒められない性癖・了見の持ち主に惚れることの愚と危険を、こんこんと説いていたに違いなかった。
相手が一輝や紫龍なら、瞬が気の迷いで、そういう感情を抱くこともあるかもしれないと思わないでもない。

だが、星矢とは。
よりにもよって、星矢とは!
青銅聖闘士の中で最も色気皆無、女に惚れられても全く気付かず、軽くその心を無視してバトルに熱血してみせる、あの星矢が瞬の恋の相手とは!
瞬にはっきりとその事実を告げられてしまってからも、氷河は一向にキツネにつままれた気分から抜け出すことができずにいた。

無論、星矢と瞬の仲がいいことは、氷河もよく知っていた。
小犬のじゃれ合いのように二人が戯れ合っている光景を見ては微笑ましいと思い、もし自分が瞬に惚れていなかったら、自分たちもあんなふうに屈託なくじゃれ合っていられるのかと、嫉妬めいたものを感じたことも幾度となくあった。

しかし である。
しかし、こんなことがあっていいのだろうか。
屈託なくじゃれ合っていると思っていた幼い二匹の小犬の一方が、もう一方の小犬に恋をしていたなどと。

氷河には、この現実が、どうにも受け入れ難かった。






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