「生きている者と死んでいる者が交わるのは不自然なことだろうか」
氷河とは対照的に、いつまでも身体の興奮が静まらず胸を上下させている僕の肩を手の平で撫でながら、氷河は、僕の心を探るようにそう言った。ジョークを言っているにしては真面目すぎる目をして。

「縁起でもないこと言わないでよ」
少し乱れ掠れた声で、僕が氷河を咎めると、
「悪い」
とだけ言って、氷河は僕の隣りに仰向けに横になった。

横目で、ちらりと、僕は氷河の表情を伺う。
そこには、どこか硬質な印象の強い、そして、自然という芸術家に感嘆せざるを得ないほど完璧な線で描かれた氷河の横顔があった。
──本当に、氷河は綺麗だ。

「ロシアには、死者が、生きていた時と同じ肉体を持って生者の国に帰還してくる伝説がたくさんあるんだ。キリスト教圏は宗教上の制約があって、昔は死者を火葬できなかったからな」
「吸血鬼みたいに?」
「そうだな。獲物を探して放浪するイギリスやイタリアの吸血鬼と違って、ロシアやウクライナの吸血鬼たちは必ず家族や恋人のところに戻るんだ。おまけに、吸血行為より、生きている恋人や妻や夫との性交にこだわる」

そう言うなり上体を起こし、再び僕の脚の間に膝を割り入れてきた氷河の背に、ほとんど習性で腕をまわし、僕は小さく笑った。
「やだ、氷河。吸血鬼ごっこ?」

「……ロシアの死霊が生に執着し、この世に未練を抱いて、生者の国に戻ってくるのは、滅びを怖れるからでもなければ、生命の力そのものを望むからでもない。死によって愛を失いたくないからだ。生きている者が死者への愛を失い、蘇ってきた伴侶を怖れると、死者は退治され、生きている者が生死の別より愛をとると、共に死んだり、二人ながらに不死人になることが多いな」
「…………」

かつては心から愛していた人を、死んだ途端に恐れ、あまつさえ退治しようとするなんて、そういうのは、人間として普通の感情なんだろうか。
僕にはわからなかった。
そして、氷河がそんな話を続ける訳も。






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