「今年のお正月、私が財団主催の賀詞交歓会に出ている時に、城戸邸ここが敵の襲撃にあったでしょう。私のボディガードについていた氷河と瞬が遅れて、星矢たちに苦戦させてしまったわ」

その襲撃の件は、氷河も憶えていた。
出たくもないパーティに、着たくもないスーツを着せられて駆り出されていた彼は、あまり目に楽しいとも言えない政財界の重鎮たちが、沙織に似たような新年の挨拶をしてくるのを、上の空で聞いていた。
敵の襲撃の知らせは、パーティ会場を抜け出したい氷河には、むしろ渡りに船だったのである。

「聖闘士であるあなたたちを、アテナではなく城戸沙織の仕事絡みのことにかかずらわせるのも何だから、私個人のボディガードを雇ったのよ。可愛いでしょ?」
「ボディガード?」
「ええ、その子」

沙織が、くだけた格好で長椅子に腰掛けていた氷河の足許で 行儀良く“お座り”の姿勢を保っている薄茶色の物体を手で指し示し、にっこりと笑う。
それから彼女は、彼女の聖闘士たちに、氷河の足許にいる小犬が最先端の自立型AIを搭載した極めて高性能の防御型兵器だと告げた。

「その子のAIの基盤データには、瞬の記憶と思考パターン、行動パターン、性格がコピーされているの。あ、もちろん瞬の許可は得たわよ」
「瞬のデータ?」
「この犬っころが高性能の兵器?」
「動くヌイグルミにしか見えないが……」
驚愕する点が各人で微妙に異なってはいたが、青銅聖闘士たちは沙織の意表を突いた奇策に一様に驚くことになった。

あっけにとられている星矢たちに、沙織が説明を続ける。
「瞬からデータを採取したのは今から3ヶ月前。その3ヶ月間に、この子は瞬とは異なる経験や知識を得ているわけだから、もう瞬と全く同じものとは言えなくなっているわけだけど、基本は瞬よ。だから、名前もシュン」
「瞬の情報を──犬に移植?」
「ええ。言語能力がないだけで、性格や行動パターンは瞬そのものよ」
知恵と戦いの女神は、あくまでもどこまでも にこやかである。
彼女の真意が理解できず、氷河はひたすら困惑することになった。

「なぜ、瞬なんです」
氷河の疑念を代弁するように、紫龍が発した問いへの沙織の返答は、
「あら、何事もなければ愛玩動物ですもの。性格は素直で可愛い方がいいでしょう?」
──というもの。

それは、ある部分では納得できる理由ではあった。
しかし、根本的な謎──なぜ普通に人間のボディガードを雇わないのか、なぜ犬型のロボットにしたのか、なぜその機械のAIのベースに 青銅聖闘士の中で最も争い事を嫌っている瞬のそれを選んだのか等──に、沙織は全く答えていない。
沙織に重ねて尋ねたところで、『単なる趣味』程度の答えしか得られないような気がして、彼等はそれ以上沙織の意図を探ることはやめたのであるが。





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