「開かれた扉からはどちらが現れたのか。美女か、それとも虎か?」 そこまで言って、紫龍は物語の先を語るのをやめた。 瞬が、ごくりと息を飲む。 「どっちだったの?」 紫龍は、話していた間中 保っていた真顔を和らげ、軽い仕草で肩をすくめた。 「答えはない。物語の結末をわざと伏せて読者の想像にまかせる小説のことをリドルストーリーと言うんだ。『女か虎か』は多分、世界一有名なリドルストーリーだ」 紫龍の薀蓄を聞いて、瞬の横にいた星矢があからさまにがっかりした顔になる。 白黒がはっきりしないことを露骨に嫌う仲間に、紫龍は苦笑した。 「自分ならどう結末をつけるか、自分が王女ならどちらを教えるかを考えて楽しむのがリドルストーリーというものなんだ。──瞬、おまえが王女だったら、どっちを教える?」 恋に関心のない星矢にそんなことを訊いても、詰まらない答えが返ってくるだけである。 そのあたりはしっかりと心得ている紫龍が、物語の結末を尋ねた相手は瞬だった。 あまり悩んだ様子もなく、瞬は自分の答えを口にしかけた――のだが。 「そんなの、決まってるでしょ。僕が教えるのは──」 「瞬は女のいる扉の方を教えるに決まっている」 瞬の答えは、氷河によって遮られた。 「そうなのか?」 氷河の代返が正解かどうかを確認してくる紫龍に、瞬は首肯した。 「うん。だって、好きな人が死んじゃったらどうにもならないもの」 「まあ、おまえならそういう答えに至るだろうが……。しかしだ、美女のいる扉の方を教えると──」 途中まで言いかけて、紫龍はちらりと意味ありげな視線を氷河に投げた。 紫龍の視線の先には、自分の推察が正解だったことに不機嫌になっている金髪の男の ふてくさった顔がある。 「美女の方を教えると、 「……でも、死んじゃったらそれで終わりになるんだもの。取り返しがつかないんだもの」 氷河が不機嫌なのは、瞬の答えに全く迷いが感じられないからだった。 妬心からくるジレンマも何もなく明快そのものの瞬の答えに、氷河は思い切り機嫌を損ねていたのである。 結論は変わらないにしても、その答えに至るまでに少しは苦悩してみせてくれてもいいのではないか──というのが、氷河の本音だった。 「瞬は女のいる扉を示す。俺は瞬が示したのとは違う扉を開けて、出てきた虎を殺す。そんなところだな」 不機嫌をそのままに、氷河は、それでも彼なりに許容できる解決法を瞬たちに提示した。 氷河のその答えに、瞬がクレームをつけてくる。 「氷河っ! 虎は何にも悪いことしてないんだよ! なのに殺しちゃったりしたらかわいそうでしょっ!」 「…………」 氷河は、思いがけない瞬の勘気に、虚を衝かれた顔になってしまったのである。 その恋が許されない時──いずれにしても終わるしかない恋の前で、人は恋人に、生き続けることを望むのか、あるいは自分との恋に殉じることを望むのか。 人間の心のあり方の究極の二者択一問題に、“虎の命”などという要素を絡ませてくる瞬に、氷河は毒気を抜かれてしまっていた。 「確かに死んだら終わりだな……恋も虎も」 そう呟いた紫龍は、どちらかといえば、瞬よりも虎よりも、氷河に同情しているようだった。 |