先に一人で視聴覚室を出た瞬を、星矢が追いかけてくる。
星矢はあの円形闘技場での氷河の選択よりも、むしろ瞬が氷河の示した扉でない扉を開けた真意の方が理解できずにいた。
自分なら決して氷河のような選択はしないが、氷河が虎の扉を選んだ気持ちは理解できなくもない。
だが、瞬の行動の意図は、星矢にはどうしてもわからなかったのだ。

「瞬、氷河はその時にどっちを選べばいいんだ? どっちがおまえの望む扉だ?」
「それは秘密」
「なんだよ、教えろよ!」
考えれば考えるほど、星矢はわからなかった。
氷河が選ぶべき扉――瞬が望んでいた答え――は、虎だったのか美女だったのか。
それがわかれば、瞬の真意もわかるような気がする。

「瞬、教えろってば」
食い下がる星矢に、瞬が小さく溜め息を洩らす。
その場に立ち止まって、瞬は、仕方なさそうに、心理の探求に勤しむ仲間に彼の答えを告げた。
「氷河がその時にどっちを選ぶかなんてどうでもいいことだよ。氷河がどっちの扉を選んだって、僕は氷河の選択を許せるから」

瞬の“答え”に、星矢が一瞬きょとんとなる。
それから星矢は、不服そうに唇をとがらせた。
「どっちでもいいなんて、いちばんつまんねー答えじゃん」
「でも、若者が王女を本当に愛しているのなら当然行き着く答えだよ。それが、二人のために苦悩して氷河が選んだ答えなら、僕はどっちだって許せる」

「許すことはできるが、受け入れることはしない──というわけか? おまえは、氷河が指し示したのとは違う扉を選んだ」
心理の探求に熱心なのは、星矢だけではなかったらしい。
いつの間にかその場にやってきていた紫龍に、瞬は、縦にとも横にともなく首を振ってみせた。

「氷河がどっちの扉を選んでも、僕が開けるのは氷河が選ばなかった方の扉だよ。氷河に僕の人生の責任を押しつけるわけにはいかないもの。そんなことで、氷河をあとあとまで苦しめるわけにはいかないでしょ」
「――なるほど」

瞬のその説明で、紫龍は瞬の真理のある場所に至ることができたらしい。
彼はすっきりした様子で、瞬に頷いた。
紫龍の横で、星矢もまた合点した顔になる。
そんな二人を見やりながら、瞬はふと思ったのである。

もし王女が示した扉が虎のいる部屋の扉だったとしたら、あの物語の中の若者は王女への恋心が冷め、残酷な選択をした王女を恨むのだろうか――と。
王女が指し示したのが美女のいる扉だったとしても、それは若者の命を惜しんだためではなく、王女自身が後味の悪い思いをしたくなかっただけのことであるかもしれない。

いずれにしても、あの物語の二人の主役がそんな気持ちでいるのなら、あの物語の結末を考える読者が、二人の登場人物の中にそんな思いが存在する可能性を考えるなら、その人はおそらく本当の恋をしたことがないのだ。
「どっちだっていいんだよ、その人が本当に好きなら。僕は氷河が好きだから――どっちでもいい」
そして、瞬は、本当の恋をしていた。

「氷河は、どちらを選べばおまえを失望させないのかを悩んでいるようだが」
「僕はどっちでもいいけど、氷河自身には大問題かもね」

――右の扉と左の扉。
虎の扉と美女の扉。
いくつもの扉を選びながら、人は自らの人生を生きていく。
その選択の中には、やり直しのきく選択もあれば、二度と元の場所に戻ることのできない選択もあるだろう。
その時に選び間違えないように――決して後悔を残さない選択をするように――瞬が氷河に望むことは、ただそれだけだった。

「氷河は、僕がどんなに氷河を好きでいるのかがわかっていないから、のんきに焼きもちなんか焼いてられるんだよ。しばらく悩んでてもらわなくちゃ」

微笑してそう言ってから、やはり自分は嫉妬しているのかもしれないと瞬は思った。
飢えた虎のいる扉を示されても憎んでしまうことができないほど氷河に恋してしまっている自分自身が、瞬には妬ましいほど幸福な人間に思われた。






Fin.






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