花の季節のあとには






「わあ、兄さん!」
久方振りに帰ってきた兄の姿を見て瞳を輝かせた瞬を、氷河は花のようだと思った。
一輝が城戸邸に──というより、彼の弟の許に──帰ってきたのは、ちょうど桜が終わった時期だったので。

数ヶ月振りに会えた兄に、瞬は嬉しそうにまとわりついていく。
その姿にしばらくみとれていた氷河は、やがて我にかえって、瞬の兄に声をかけた。
「4ヶ月振りか。どこで何をしていたんだ。瞬が心配していたぞ」
「桜は日本で見るに限る」
「瞬は日本にしかいないからな」

噛み合っているのかいないのか、傍で聞いている分には判別の難しい会話だったが、ともかく一輝に向けられた氷河の声音と口調は、まるで久し振りに会った旧友に対する者のそれだった。
それはその通りなのだが──事実、その通りだったのだが──そんな氷河に星矢たちが違和感を覚えてしまったのは当然のことである。
ほんの1年ほど前までは、氷河は瞬の兄に出会うたび、無駄に反抗的、無闇に攻撃的、そしてあからさまに敵視して彼に対峙するのが常だったのだ。

一輝と(一見)和やかに言葉を交わしている氷河を見て、星矢がふいにぼやく。
「つまんねーの」
言葉通りにつまらなそうな顔を作っている星矢に、瞬は首をかしげた。
星矢を“つまらなく”しているものが何なのか、瞬にはわからなかったのである。
星矢は一度大袈裟に口をとがらせてから、誰かを叱りつけるような口調で、彼の不満を瞬に訴えた。

「これまではさ、一輝が帰ってくると氷河の機嫌が目に見えて悪くなって、一輝の目の前で わざとらしくおまえにべたついたり、逆につっけんどんになったりして、小学生のガキでも見てるみたいで面白かったのに、なんだよこれは! 氷河にオトナになられても、俺はちっとも楽しくない! 俺は、あの二人にはもっとこう―― 一触即発的な緊張感をみなぎらせててほしいんだよ!」
「そんなこと言われても……」

どうやら星矢は、平時にあっては騒乱を、乱世にあっては平和を求めるタイプの人間であるらしい。
瞬は困ったように苦笑した。
そんな瞬に、星矢が半ば以上真顔になって尋ねてくる。
「なあ、おまえら、もしかして倦怠期なんじゃねーの? 氷河が一輝に焼きもち焼かずにフツーに世間話してるなんて、ちょっと前まではありえないことだったのにさ」
「倦怠期……って、そんなことないと思うけど」
「そう思う根拠は何だよ」
「え……?」

星矢に問われて、瞬は、情熱的というには激しすぎる氷河との昨夜の行為と、その際に与え合った言葉とを思い出し、ぽっと頬を上気させた。
瞬時にすべてを察した星矢が、自分から尋ねたことだというのに、きっぱりと瞬の口を封じる。
「言うなよ。聞きたくない」

星矢に釘を刺されて、瞬は改めて頬を染めた。
そして、考える。
瞬は決して氷河に焼きもちを焼いてほしいわけではなかったが、ここ数回の一輝の帰還の際に、目に見えて氷河が“オトナ”になりつつあるのは事実だった。
現況は非常に好ましいものだったが、その変化は不思議な変化でもある。
氷河がいつからこんなふうになったのか、そのきっかけは何だったのか、瞬の記憶は、春霞がかかったようにあやふやだった。






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