the shining world II






「あー、貴様はアンドロメダ姫の婚約者だった・・・そうだな」
アンドロメダ姫の元婚約者は、ヒョウガの用いた過去形にぴくりとこめかみをひきつらせた。
もともと好ましく思いようのない相手に 小馬鹿にした口調でそんなことを言われたのだから、彼のその反応も当然のものだったろう。

アンドロメダ姫の元婚約者の不愉快そうな表情を軽く無視して、ヒョウガは自分の言葉を続けた。
この会見の場をセッティングしたシュンの肩を、婚約者を失ったばかりの男の目の前でこれみよがしに抱き寄せながら。
「オヒメサマの父上はどうやら俺にオヒメサマを押しつける心積もりらしいんだが、実は俺は女には全く興味のない人種なんだ。しかし、国王はシュンを偽物の生け贄にして国民を騙したことを口止めするために、どうあっても俺にアンドロメダ姫を押しつけて、俺をこの国の次期国王にしたいらしい。そこで相談だが──」

「偽物――?」
王の弟は、王のはかりごとを知らされていなかったらしい。
つまり彼は、自分の婚約者の命を一度は見捨てた男――だということである。
その事実を確かめると、ヒョウガは即座に用件に入った。

「貴様はこの国の国王の弟で、俺さえ現れなければこの国の次期国王だったんだ。懇意にしている神官の一人や二人はいるだろう? その中の一人を抱き込んで、そいつに、もう一度ポセイドンから同じ神託が下ったと虚偽の申し立てをさせろ」
「そうすることは可能だが、しかし、それは道理に合わないだろう。貴様はゼウスの──」
アンドロメダ姫の元婚約者は卑怯な小心者のくせに――だからこそ?――瑣末なことには頭のまわる男らしい。
ヒョウガは姑息な男の話を聞く時間も惜しいと考えたのか、ピネウスの話の腰を折り、自らの発言を続けた。

「ゼウスの神託とポセイドンの神託が実行されたのなら、確かに同じ神託が繰り返されることは理屈に合わない。――が、海獣に捧げられた生け贄がそもそも偽物だったんだ。ポセイドンの神託もゼウスの神託も、未だに実行されていないことになる。王には神を偽ったという弱みがあるから、神託を疑うことはできないだろう。王が今度こそアンドロメダ姫を生け贄にするか、懲りずにシュンを鎖に繋ぐかはその時になってみなければわからないが、シュンが生け贄にされることになったら、俺はシュンを救う振りをして、どさくさに紛れてシュンを連れ、この国を出奔する。アンドロメダ姫がもし生け贄にされたら、今度は貴様が海獣と闘えばいい。その騒ぎに乗じて、俺はシュンを連れ、この国を出る」

「私がティアマトと闘うだと?」
ピネウスが怖れているのは どうやら、神の怒りよりも彼自身がウスノロな海獣と闘うことの方らしい。
ヒョウガはもはや彼に対する軽蔑の念を隠す様子もなく――ヒョウガの態度にピネウスが気付いたかどうかは ともかくとして――吐き出すようにぞんざいな口調になった。

「あのウスノロは俺が倒した。そもそも偽の神託なんだから、海獣が現れることはない。貴様は王たちの目の届かないところで、あのウスノロと闘う振りをすればいい。それで貴様は男としての面目躍如、アンドロメダ姫の婚約者としての立場も回復するだろう。俺も俺の欲しいものを手に入れられる。悪い提案ではないと思うが」
それは、アンドロメダ姫の婚約者だった・・・男にも大いに利のある魅力的な提案だったらしい。
シュンが一言も口を挟めないでいるうちに、アンドロメダ姫の元婚約者と現婚約者の間には、神と国王を偽る計画実行の約束が成立してしまっていた。






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