氷河はそこに来たくはなかったのである。 晴れた休日の いかにも子供向けなテーマパークが親子連れでごった返していることは、100年も前からわかりきっていたことだったのだ。 もっとも氷河が懸念していたのは、晴れた休日の人出の多さではなく、子供向けのテーマパークで楽しそうな親子連れを見ることになった瞬が、そのせいで妙なことを気に病んだりしないかということの方だったのだが。 しかし、瞬の目的である『世界のジェラート展』はそのテーマパーク内の屋内展示場で開催されており、そのテーマパークに入場しないことには、瞬が食べたがっている“クルミとピスタチオのソフトクリーム”も“台湾バナナとベルギー産生チョコレートのイタリアンジェラート”も手に入らない。 アイスクリームを一人で5つも6つも食べるのは恥ずかしいと瞬に駄々をこねられて――瞬は一人でアイスクリームを5つも6つも食べて、その残骸を氷河に押しつけるつもりなのである――氷河はしぶしぶ瞬のお供をしてきたのだった。 案の定、テーマパークの人出はかなりのものだった。 さすがにラッシュ時の通勤電車の人口密度には及ばないが、盛夏の芋洗い状態の海水浴場程度には混んでいる。 ともかく一刻も早く目的地に行って瞬を満足させ、さっさとこんな場所からは退散したいという考えの氷河は、人混みの中を足早に『世界のジェラート展』が開催されている屋内展示場へと向かっていた。 その氷河の足を止めたのは、どこぞの子供の「ママー!」という甲高い声に続いて、氷河に追いすがるように響いてきた瞬の「氷河、待ってよー」という声だった。 振り向くと、氷河の後方10メートルのところで、見知らぬ男の子に抱きつかれた瞬が立ち往生している。 幸い、その男の子は、氷河が問答無用で殴り飛ばしたくなるほどの年齢には達していなかったので、氷河は親子連れで賑わう遊園地で暴力沙汰を起こすことはせずに済んだ。 しかし、とにかく氷河は、その時機嫌が悪かったのである。 「ママ、ママ、ママー!」 と叫びながら瞬の腰にしがみついている5、6歳の男の子を、氷河は遠慮会釈のない大声で怒鳴りつけた。 「阿呆! 貴様の『ママー』とやらが、こんな可愛い顔をしているはずがないだろうっ!」 「ママだ! ママ、ママー!」 氷河の剣幕に動じた様子も見せずに『ママー』を連呼する子供の襟首を掴んで、氷河はその無礼者を瞬から引き剥がした。 「氷河、こんな小さな子にそんな乱暴しちゃ……」 やっと自由を取り戻した瞬が、はらはらした様子で、氷河に襟首を掴み上げられている子供を見やる。 氷河は至極あっさりと瞬の気遣いを無視した。 「だから、よく見ろと言っている! 貴様の『ママー』の顔はこんなに綺麗にできているのかっ!」 そんな『ママー』がいるのなら ぜひとも拝んでみたいものだと、氷河は本気で思っていたのである。 どうやら彼は、氷河の怒声が自分に向けられたものだということに、それまで気付いていなかったらしい。 そこまでされて その事実にやっと気付いたらしい小さな無礼者は、氷河に襟首を掴みあげられたままの状態で、 「僕のママはもっと綺麗だったけど」 と言ってのけた。 |