そんなこんなで結局、氷河と瞬、老婦人と彼女の孫は、『世界のジェラート展』に同道することになったのである。 「アイスクリームは1つだけですよ」 と老婦人に言われた少年は、百種類以上のアイスクリームの中から たった1つだけの気に入りを選ぶために、会場の中央に置かれた巨大な保冷棚の前を右から左、左から右へと、何度も行き来している。 保冷棚を囲むように置かれているテーブルの1つに着席した瞬は、老婦人が注文したものと同じ抹茶アイスを遠慮がちに少しずつ口に運んでいた。 小学生の子供が『1つだけ』という祖母からの言いつけを守るために努力している横で、派手なトッピングのアイスクリームを5つも6つもオーダーする度胸を、瞬は有していなかったのである。 アイスクリームを半分ほど食べ終えたところで、瞬は思い切って老婦人に尋ねてみた。 「タケルくんのお母さんに……僕、似てませんよね?」 「ええ」 「なら、どうして――」 「ああ、それは……」 『私も不思議だったんですけど』と前置きをしてから、老婦人は落ち着いた声で瞬に事情を説明してくれた。 「私の息子夫婦は1年前に、あの子を残して車の事故で亡くなったんです。亡くなった息子は幼稚園の頃から剣道をたしなんでおりまして、とても姿勢の良い子だったんですよ。それでなくても背の高い子が背筋を伸ばして歩くので、実際よりずっと背が高く見えて――。氷河さん……も、大変姿勢がよろしいですね。日本人は……背が高くなくても猫背になる人が多いのに」 そう言って氷河を見やる老婦人自身が、まず姿勢がいい。 まっすぐに伸びた背筋は、それでいて肩肘を張った印象がなく、だが凛然としている。 彼女が自分の息子をどんなふうに躾けたのかが、瞬にはわかるような気がした。 「それで、息子はいつも家族の先頭を歩いていて、嫁はタケルの手をとって後ろからついていくんです。息子は歩くのが速いものだから、時々立ち止まって後ろを振り返って――そのたびに嫁は息子の背中や胸にぶつかるんですよ。嫁は息子と手を繋いでいて、子供に注意してますから、前方不注意のことが多くて――」 その懐かしい光景が記憶の底から蘇ってきたのか、老婦人はすっきりと前方に向けていた目を僅かに細めた。 「さっき、瞬さんが氷河さんにぶつかった時――本当に息子夫婦にそっくりで驚きました。氷河さんはバランスを崩した瞬さんの頭を抱えるようにして、瞬さんが倒れるのを防ごうとなさったでしょう。普通は腕や肩を掴むところなのに。息子もそんなふうでした」 「あ……」 言われて瞬は、今日自分が氷河の背中に二度衝突している事実を思い出した。 最初にあのレストランの前を通った時にも、瞬は、先を急ぐ氷河を追いかけるのに夢中で、連れの様子を見るために振り返ろうとした氷河の背中に頭から突っ込んでいったのである。 「孫は、昨日、以前は人間だった天使が花に生まれ変わって地上におりてくる――という内容の本を読んだばかりなんです。あの子は瞬さんを母親の生まれ変わりと思ったのかもしれません」 老婦人が無理に明るい微笑を作る。 瞬は、ふいに胸が詰まるような感覚に襲われた。 |