世の中、何が幸いするかわかりません。
瞬が身分をわきまえず、自分の意見を氷河王子に主張したことは、かえって氷河王子に瞬への好感を抱かせることになったようでした。

そんなわけで、その日から、瞬は氷河王子のお気に入りになったのです。
氷河王子は、気に入った者をとことん重用するタイプの人間のようでした。
彼は、どんな些細な用事も、そしてかなり重要な用事も、自分の身のまわりのことは全て瞬に任せてくれたのです。

瞬は、もちろん、氷河王子の期待に十二分に応えました。
もともと そういう仕事に向いていたのでしょう。瞬はフットワークも軽く、機転の利く侍従になりました。
たった一人の──それも健康で分別のある成人の身のまわりの世話なんて、暗い工場の片隅で来る日も来る日も同じ姿勢で 決して自分のものにはならない宝石を選別している仕事に比べたら、はるかに楽な仕事。
それに氷河王子は、身分の低い瞬にも、対等な人間として接してくれましたからね。
瞬は、氷河王子のために働けることが楽しくてならなかったのです。


そんなふうに、瞬を片時も側から離そうとしない氷河王子と 氷河王子にまめまめしく仕える瞬の様子を見て 喜んだのはカミュ国王です。
自分の立てた計画が予想以上に順調に進展していくのに、カミュ国王は大満足していました。
「やはり、君くらいの美形が相手だと、さすがの氷河も女嫌いを返上するしかなかったようだな」

お褒めの言葉をもらっても、瞬はご満悦のカミュ国王に曖昧な笑みを返すことしかできませんでした。
そもそも瞬は、自分の容姿が優れていると思ったことなど一度もありませんでした。
女の子のような外見、実年齢より幼く見える外見は、実入りのいい仕事に就くのに不利なだけ。
瞬は、自分の外見のせいで不利益を被ったことしかありませんでした。
そんなものは何の役にも立たなくて──ですから、それは瞬にとっては無価値どころか欠点ですらあったのです。

その上、実は、氷河王子は、未だに瞬が男か女か知らないままでした。
瞬は氷河王子に事実を伝えていませんでしたし、本当のことがバレないように細心の注意を払っていましたから。

それに──瞬は、氷河王子くらい綺麗な人間は、他人の外見などどうでもいいと考えているような気がしてならなかったのです。
氷河王子にとっては、誰もかれもが『自分以下』もしくは『自分以外』でひとくくりなのではないかと、瞬は思っていました。
実際、氷河王子は瞬の外見を気に入っているのではないようでした。

氷河王子は、瞬に対して、『機転が利く』とか『細やかな気配りができる』とか、そういう褒め方はしてくれましたが、カミュ国王のように綺麗だとか可愛いとか、そういう類のことに言及することは一度もなかったのです。
おそらく氷河王子には瞬という人間の器の形状や美醜はどうでもいいことで、だから彼は彼の世話係が男なのか女なのかということも確かめないままでいるのだと、瞬は思っていました。

同じ人間同士なのだから、『氷河王子様』ではなく名前で呼ぶようにと求めてきた氷河(氷河王子の希望を容れて、以後は氷河と呼ぶことにします)に、瞬も好感を抱くようになっていました。
瞬は、自分が身分の高い人やお金持ちに対して逆差別の考えを持っていたことに気付きました。
瞬は、身分の高い人間への偏見を抱いていたのです。
けれど、事実はそうではなかった。
王子様も労働者も同じように感情を持ち、同じように泣いたり笑ったり感動したりする──氷河はあまり感情表現が大らかではありませんでしたが──人間なのだと、瞬は氷河と出会って知ることができたのです。

重い家具を移動させる時には、他の誰でもない氷河に助力を頼むくらいに──瞬は、上下の別を意識することなく、氷河と親しさを増していました。
“女嫌い”という王位継承者としては致命的な欠点を除けば、有能で押し出しもよく偏見もなく勤勉な氷河は きっと素晴らしい国王になるだろうと、瞬は思うようになっていました。






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