そのうちに、そこに集められていたガキ共は、本格的に聖闘士になる修行をするために、世界各地に送られることになった。
氷河も瞬も、瞬には一輝という名の兄がいたんだが、その兄も。
みんな、ばらばらになった。
また、大人の都合ってやつだな。

氷河はシベリアに送られた。
そこにはカミュという名の聖闘士がいて、氷河を聖闘士にするための修行と生活の世話をしてくれた。
その頃には氷河も図太くなっていてな、大人が大人の都合で自分を振りまわすなら、逆にそれを利用して強くなって、いつか自分がそいつらを振りまわす側にまわってやろうと思うようになっていたんだ。

目的があると、人間てのは強くなる。
その目的を遂げるためだと思えば、つらい修行も楽しみに変わる。
つらければつらいだけ、目的に近付いているんだと思えば、もっときつい特訓を受けたいと希望するようにさえなるというもんだ。

もちろん氷河は、カミュの課した修行をやり遂げて聖闘士になった。
途端に、またしても大人の都合発令だ。
聖闘士になった氷河は、再び日本に呼び戻された。

日本に帰ると、瞬がそこにいた。
結構な数のガキ共が聖闘士になる修行を受けるために世界各地に送られたんだが、聖闘士になって帰ってきたのは9人だけだった。
あとで、もう1人増えて10人になったがな。

あとの奴らは死んだのか、聖闘士になれないまま どこかに放逐されたのか、自ら逐電したのか――とにかく、聖闘士になって日本に戻ってきたのはほんの一握りの奴等だけだった。
そう、遅れてやってきた10人目の聖闘士ってのが瞬の兄貴で、奴は突然もとの仲間たちに闘いを挑んできたんだ。
奴は、あんなに可愛がっていた実の弟も殺そうとした。

氷河は、瞬の兄の豹変振りを見て思ったんだ。
聖闘士になるために送られた修行地で過酷な扱いを受けているうちに、多分、一輝の目にもあの鏡のかけらが入ったんだろう、とな。
実の弟を殺そうとする一輝の目には、自分と同じ世界が見えているに違いないと、氷河は思った。

氷河は、奴の気持ちがわかるような気がした。
美しかった世界、人の善意や愛情に満ちていると信じていた世界が、実は醜いものであふれていて、人の心は悪意に満ちているんだと知った時の衝撃は、人の価値観を根底から変える。
愛も優しさも、憎悪と我欲の裏返しとしか思えなくなって、綺麗に見えるものほど憎くなる。
一輝が瞬をこの世から消し去ろうとする気持ちも、氷河には痛いほどに理解できた。
それは――愛情の裏返しなんだ。
この醜い世界に大切なものを置きたくない、綺麗なものが汚れる様を見たくないっていう、愚かで我儘な――それでも愛情と呼ばれる種類のものだ。






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