その国の王様はカーサという名の王様でした。
さすがに一国の王らしく立派な服を身に着けていましたが、カーサ国王はひどく痩せて貧相な壮年の男性でした。
国王があまりに――悪魔のように痩せているので、瞬はこの国の貧しさは本当に深刻で、飢えているのは貧しい国民たちだけではないのだと思い知ったのです。
カーサ国王のお城もどこか暗く陰気で、とても一国の王の居城とは思えないような建物でした。

「私は、飢えて死にかけている国民たちを救うために、国庫の金も食料庫にあった蓄えの麦も すべて放出した。今は国庫も食料庫もからっぽ、私にできることはもはやただの一つもない。だから、どうあっても公爵の援助を取りつけたいのだ」

カーサ国王が国民のためにそんな援助をしていたなんてこと、瞬はその時初めて知ったのです。
瞬はその恩恵にあずかったことはなく、そんな噂すら聞いたことがありませんでしたから。
おそらく、この城にあったすべての麦を出しても、国の民全員に行き渡るほどのパンは作れなかったのでしょう。

瞬は最初は、カーサ国王を、着ているものだけが立派で貧相な人だと思ったのですが、その話を聞いた途端、瞬の目にはカーサ国王が清貧に耐える有徳の修行僧のように見えてきたのです。
人間の目とは不思議なものですね。

カーサ国王は瞬の願いを聞きいれて、瞬のために馬車を一つと黒パンを1個用意してくれました。
公爵の住む城は、この国の都から遠く離れた北の地にあるのです。
用意された質素な馬車に乗り込む瞬に、カーサ国王はそっと耳打ちしてきました。

「公爵は悪魔と取り引きをしたとも、魔女に呪いをかけられているとも言われておる。万一、身の危険を感じるようなことがあったら、公爵の命を奪ってもよいぞ。そういうことになっても、悪いようにはしない。公爵が死ねば、公爵家の財産と領地は国のものになり、私はそれで国民を救えるかもしれぬのだからな。その時には、そなたはこの国を救った英雄として称えられることになるだろう」

「…………」
いくら国中が飢えて悲惨な状況にあるとはいえ、そのために人の命を奪えだなんて。
瞬はカーサ国王の言葉にとても驚いたのです。
もしかしたら、これまでに公爵の許に送り込まれた女性たちにも、国王は同じことを囁いていたのでしょうか。

瞬は、ほんの半時前まではとても立派に見えていた王様の姿が、少し醜く歪んだような気がしました。






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