久し振りに、不安な夢を見ることなく過ごした翌朝。
瞬の目覚めは爽快だった。
朝の光は心地良く、目覚めるなり瞬の口から出てきた言葉は、『おはよう』ではなく、
「よかったー!」
だった。
「思った通り、氷河と一緒だと嫌な夢は見ないよ!」
嬉しそうに報告してくる瞬に、氷河は少々寝不足な目を向けつつも頷いたのである。

瞬の寝息を聞きながらの就寝は、氷河には相当の苦痛を伴うものだった。
が、いつかはその脚を広げてやろうと思っていた相手と同じベッドで眠ることができるようになった――という現実は、何はともあれ二人の関係が一歩前進したことであるには違いないのだ。

この苦しみは、いつか瞬と愛と感動の××をする日のために乗り越えなければなければならない前哨戦のようなものなのだと自身に言い聞かせ、氷河は最初の夜は その試練をむしろ歓迎するような気持ちさえ抱いて過ごしたのである。

しかし。
好きな相手と同じベッドで肩を触れ合わせて眠りながら何もできないことが、この世の生き地獄だと氷河が悟るまでに、さほどの時間はかからなかった。
まさに、それは生き地獄だった。
瞬の兄がデスクィーン島で味わった生き地獄など、天国での戯れに過ぎなかったに違いないと断言できるほど――それは、死んでしまえればどれほど楽かと思えるほどの地獄だった。

瞬の寝息は甘い。
寝相は模範的にいい瞬の身体が寝返りを打つたびに氷河に擦り寄ってくるのは、瞬の陰謀なのか、神の与えたもうた試練なのか。
あまつさえ、しがみつくように氷河の腕に絡んでくる瞬の手は、本当に無意識下での所作なのかと疑りたくなるほどに――眠っている瞬は 氷河に対して冷酷非情、残酷無情、悪逆非道だった。

耐え切れなくなった氷河がベッドを抜け出そうとすると、ぐっすり眠っているはずの瞬はすぐに気付いて、氷河に尋ねてくるのである。
「氷河、どこ行くの」
「どこって……あー……、その……暑いから夜風に当たってこようかと」
氷河が当たり障りのない答えを返すと、瞬は、
「……氷河、僕が側にいると迷惑?」
などと言って、切なげに瞼を伏せてみせる。
「そういうことじゃなくてだな! ……そうじゃない」
氷河は結局、瞬の懇願に負けて、瞬の隣りに身を戻すしかなかった。

本当に迷惑だったなら、純粋に単純に迷惑だったなら、どれほどいいだろう。
氷河は、己れの身体の一部がとんでもない状態になっていることを瞬に気付かれぬよう祈りつつ、眠れないとわかっていながらその瞼を閉じることしかできなかったのである。






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