「なんだよ、結局、そーゆーことになんのかよ!」 表向きは呆れ立腹している星矢も、その実、この結末には安堵の胸を撫でおろしていたのである。 なにしろ、後先を考えずに発した失言で瞬に気まずい思いをさせてしまった自分のミスが、これで帳消しになるのだから。 姑息で卑劣な男に恵まれた幸運には、どうにも得心のいかない気持ちがないでもなかったのだが、それとこれとは別問題だった。 その点、紫龍は星矢ほどにはわだかまりもこだわりもない。 「それはよかったな。――で、氷河は優しかったのか?」 『フツーそんなことを訊くか !? 』という紫龍の質問に、瞬は微かに頬を上気させ、初心者らしい素直さで正直な感想を述べてきた。 「あんまり……優しくはなかったかも……」 所詮、氷河は似非紳士である。 最後まで紳士の振りを貫けず、どこかでオオカミの本性を出してしまったらしい。 「じゃあ、もう、これ以後、氷河との同衾は無しの方向でいくのか」 「でも、謝ってくれたから……。今度はもっと優しくしてくれるって」 氷河という名のオオカミは、しかし、羊を手なずける技を 人間並みに心得ているらしい。 手当たり次第の狩猟採取から農耕牧畜への移り変わりは、それまで獣同様の生活をしていた人類を社会的動物へと変化させた。 氷河オオカミもいずれ人間になることがあるのかもしれない。 「今度は?」 「氷河と一緒だと変な夢を見なくなるんだもの。悲しい夢も恐い夢も見なくなる……」 探るように重ねて問うた紫龍に、瞬がいちいち頬を染め 弁解めいた答えを返してくる。 羊にも益があるというのなら、オオカミと羊の恋をとやかく言う権利は、彼等の仲間にもないだろう。 なにより、現実の幸福に勝る夢は、この世には存在しないに違いない。 その、夢を現実のものにした男はといえば、 「信じて貫けば、夢は必ず叶うぞ、おまえら」 とか何とか言いながら、ソファの瞬の隣りの場所に 得意顔でふんぞりかえっている。 いっそこの馬鹿を殴り倒してやろうかと、星矢は思わないでもなかったのである。 そんなことをすれば瞬を困らせるだけだということがわかるから、その計画の実行は断念せざるを得なかったが。 「どーせ、瞬が変な夢見てたのも、氷河の脳内からあふれだした助平根性が瞬に悪影響を及ぼしたとか、そんなとこだったんだろ。瞬の見てた夢は全部氷河のせいだったに決まってる……!」 「だとしても、それは意図せぬ不可抗力というもので、結局万事が丸く収まったんだし――」 「世の中は、 紫龍のとりなしに、星矢が怒声で答える。 この場にもし神が居合わせていたら、彼は反論できずに頭を掻くしかなかったことだろう。 しかし、求めて努力する者に、望みのものを与えるのが天の務めなのである。 神は神のすべきことを忠実に遂行しただけなのだ。 「まあ、いいじゃないか。二人で見る夢というのも楽しいものだろう」 今はそれこそ 夢の中にいるような二人を横目に見ながら、紫龍は星矢をなだめ、星矢は不承不承 彼に頷いた。 二人で見る現実の夢。 その夢に勝る夢が、この世に存在するはずもない。 Fin.
|