冬に比べれば この時季は、名にし負う極寒の東シベリアの平地でも氷や雪の量は格段に減っている。 瞬は星矢に、 「アンバルチックの町に着いたら、とにかく北に向かえばいいんでしょ」 と、瞬にしてはあまりに大雑把な旅行計画を告げて、日本を発ったという。 「瞬にしちゃ、杜撰すぎるだろ。まるで賭けでもしてるみたいに」 星矢は不安を隠しきれずに、受話器の向こうでそう呟いた。 瞬が何を考えて そんな暴挙に出たのかを、あえて思い煩わないようにしながら、氷河は北に向かった。 冬には雪のせいで広大な雪原になる奥シベリアは、実は平坦な土地ではない。 数千年、数万年間に行われた雪と氷の侵食と堆積・運搬が大地を削り、幾つもの深い谷を形成している。 その深い谷のどれかに落ちたのだとしたら、ネビュラチェーンを持参していない瞬が谷の上に這い上がることはほぼ不可能である。 瞬を捜し始めて2日。 たった2日で、不安が期待に勝り始めた氷河の目の前に、少なくとも過去数年間の彼の記憶の中にはない谷が一つ現れた。 こんな谷がこんな場所にあったろうかと訝りながら、(人間の)氷河は、(自然の)氷河が作ったらしいU字谷の底に下りていったのである。 谷の壁に妙な亀裂を見付け、彼はその中に足を踏み入れた。 そこには今年の冬に吹き込んだとおぼしき雪が残っており、それらはほとんど溶けかけていた。 奥行きはさほどなく、瞬がその中にいる気配もない。 氷河は元の場所に引き返そうとして踵を返し――その瞬間に、彼の足が踏んだ場所の雪が大きく不自然に沈んだ。 そして、氷河は、失われた足場と共に下方へと落下していったのである。 |