「瞬! 瞬っ!」 名を呼んでも、瞬には聞こえていないのか、氷の壁の向こうにいる瞬は何の反応も示さなかった。 自分と瞬との間にある氷の壁がただ1枚きりなのか、それとも実は10も20もあるのか、それも氷河にはわからなかった。 そこに瞬の姿があるように見えるのも本当は錯覚で、もしかしたらそれは、瞬を求める自分の心が作り出した幻影なのかもしれない――とすら、氷河は思ったのである。 氷河がそう思うのも致し方ないほど、氷の壁に囲まれている瞬の横顔には表情がなく、そして瞬は微動ひとつしなかった。 まるで氷の棺に閉じ込められている人形のように――感情を失い 死にかけている人間のように。 氷河はどうにかして瞬のいる場所に行こうとしたのだが、この部屋に瞬はいるに違いないと目測して飛び込む部屋のどこにも目当ての人の姿はなく、氷河が城の中を走りまわれば走りまわるほど、瞬の姿は遠ざかっていくように見えた。 「おまえは、あれを追ってここにきたのか? だが、あれも私の気に入り。返さないよ。あれも帰りたくないだろうしね」 苛立たしさを抑えきれず、氷の壁に拳を叩きつけた氷河の前に、ふいにあの白い魔女が現れる。 その唐突な出現の仕方は、この城の中を散々駆けずりまわったつもりの氷河に、自分は実は釈迦如来の手の平で跳ねていた孫悟空にすぎなかったのではないかと思わせるようなものだった。 だが、こんな不自然な場所ではそんな不思議も不思議ではない。 氷河は彼女の不自然な出現にさほど驚きはしなかった。 代わりに、彼女を問い質す。 「どういうことだ」 「綺麗な玩具はたくさん欲しい。私は独占欲が強くて、玩具は自分だけのものにしておきたい。玩具同士につるまれるのも不愉快だ」 エリスの返答は身勝手を極めたものだった。 が、氷河が知りたいのはそんなことではなかったのである。 「瞬が帰りたくないというのはどういうことだと聞いている」 「外では悲しい思いばかりさせられていたようだからね。ここなら、誰もあの子を傷付けない」 「…………」 言われて、氷河は返す言葉に窮した。 確かに、この城の外で瞬を取り巻いているものは、瞬にとって快いばかりのものだけではないだろう。 それは氷河も認めざるを得ない事実だった。 瞬の嫌いな闘い、素っ気ない仲間、次から次へと現れる敵は、アテナの聖闘士たちの闘いを徒労に思わせる――。 瞬にはそれは、確かに やるせないだけの現実であるに違いなかった。 この城で、氷河が垣間見たあの瞬のように無感動になってしまえば、瞬は心穏やかでいられるのかもしれない。 少なくとも、そうすることで瞬は心も身体も傷付くことはなくなるのだ。 氷の棺に閉じ込められた人形のように。 |