たっぷり2分間、その小公女に見とれてから、氷河はやっと我にかえった。 「小公子を気取るには、俺は歳がいきすぎていると思うが」 「でも、金髪で天使のように美しくて――あ、セドリックの瞳の色は茶色だったかな」 「あんなのと一緒にするな。あんな非の打ちどころのない子供、不気味なだけだ」 「でも、セドリック同様に、あなたは遺産目当てでこの家に来たわけじゃないでしょう? 弁護士の麻森さんが言ってました。それまで渡日を渋っていたあなたが、僕のことを知った途端、態度を軟化させたって」 あの弁護士は、いちいち いらぬことまで詳細に、この少年に報告を入れているらしい。 自分に対峙した時の彼の不手際を思い出して、氷河は唇をへの字に歪めた。 「息子が死んでも息子の妻が死んでも連絡一つよこさなかったくせに、自分の死期が近付いたと知った途端、贖罪代わりに、他人の都合を無視して人様を呼びつけるような爺に会いたがる孫はいないだろう。従弟がいるっていうから、そいつも糞ジジイと同じ種類の人間なのかどうかを見極めてやろうと考えて、酔狂で来てやったんだ」 多分に意図して 挑発するように、氷河は皮肉な言葉を吐きだした。 小公女が、氷河の憎まれ口に気を悪くした様子もなく微笑んで、氷河に右の手を差し出してくる。 「よろしく。僕がその従弟です。名前は瞬」 他に考えようもなかったが、やはり その小公女が氷河に来日を決意させた 一瞬ためらってから握り返した従弟の手は、苦労と名のつく行為をしたことがないのではないかと思えるほどに白く繊細で、そして、やわらかかった。 |