その学園の広い敷地内には、中等部と高等部の敷地を形ばかり隔てている小さな林があった。 林と言っても、それを形成している樹木は申し訳程度に植えられている白樺やブナばかりである。 それぞれの木の横にベンチが幾つも置かれているのは、弁当持参組やハイキング気分で昼食をとりたい者たちへの、学園側の配慮だった。 カフェテラスから50メートルばかり離れたところにあるその林のブナの木陰にあるベンチに、微妙な親密さを隠す様子もなく、瞬の手作りの弁当を食べている2人の姿がある。 2人の邪魔をしないために氷河に自分の居場所を譲った星矢は、必然的に昨日まで氷河がいた席で昼食をとっていた。 「あーあ、人目もはばからずね。ったく、あの2人、自分たちがほもだってこと自覚してるのかしら。ほもよ、ほ〜も!」 エリスがそう言って、わざとらしくランチボックスのフタの中に、手にしていたスプーンを放り投げてみせる。 氷河の表情が、昨日と今日とで全く違って見えることに、彼女は少々おかんむりだった。 「俺が相手じゃ不満か、ねーちゃんたち」 「不満なんかないわよ。瞬ちゃんはこれからも毎日私たちの分もおべんと作ってくるって言ってくれたし、星矢ちゃんもよく見ると可愛いし」 星矢にそう言ってから、フレアがアスパラガスの卵巻きを ぽんと口の中に放り込む。 相変わらず、瞬の作る弁当は前衛芸術的で美味だった。 「……考えてみれば、私たち、母親の手作り弁当なんて食べたことなかったものね。遠足や運動会のお弁当はいつも高級料亭の仕出し弁当とか、有名おフランス料理店に特別発注したランチボックスとかで」 おそらく、瞬の作る弁当の、どこかバランスの狂っている未熟な味が、何不自由なく育った自分たちの憧れの味だったのだという事実を今更ながらに思い知り、3人は柄にもなく沈んだ顔になった。 「まあ、気ぃ落とすなって。そのうち、ねーちゃんたちも、手作り弁当作ってやりたくなるような男に会えるだろ。みんな美人だし、俺が勝手に思ってたのより、ずっといい奴みたいだし」 星矢の無責任な気休めと評価は、その言葉に裏がないことがわかるだけに、エリスたちには素直に受け入れられるものだった。 「星矢ちゃん、優し〜! 氷河とは大違い!」 「そうね。不感症かと思ってたあの氷河にでも恋ができるんだもの。私たちだって、いつかおいしい手作り弁当を捧げてくれる男に巡り会えるに決まってるわよね」 「……へ?」 実に前向きなフレアのその言葉に、星矢は目を丸くしたのである。 彼女たちが、自分で弁当を作る気は全くないらしいことを知って。 先行きに少々不安を感じないでもなかったのだが、星矢はすぐに思い直して、彼女たちに頷いてみせたのである。 そういう奇特な男がいないとも限らない。 彼女たちの夢が叶わないとは、誰にも断言できないのだ。 「うん。いるかもな、そういう酔狂な男も」 やはり無責任にそう言ってから、星矢は、昨日まで自分のいた場所で、幼い日のままごと遊びの続きのようにランチボックスを広げている2人の姿を眺めて、全身で笑った。 この結末が、星矢は楽しくてならなかった。 Fin.
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