それは必ずしも毎日行なわれるものではない――らしい。
翌朝まで、ただ一人で眠れない夜を過ごした瞬が辿り着いた結論が それだった。
だが、だとしたら、それはどれほどの頻度で行なわれるものなのか。
瞬は、早速それを調べてみることにしたのである。

昨今、ものを調べるとなったら図書館よりもインターネットである。
城戸邸にも もちろんネット環境はあった。
が、城戸邸のインターネットシステムは セキュリティの観点から、パソコンごとの閲覧履歴等が完全に管理・記録される仕様になっている。
自分の関心事を城戸邸のシステム担当者に知られることを怖れた瞬は、結局、用心のために インターネットカフェなる施設を利用することにしたのだった。

初めて入った店の パーティションで区切られたスペースにあるパソコンの前に腰をおろし、瞬は恐る恐る、『性交・頻度』という語彙で検索をかけてみた。
誰にも見られていないはずなのに、その言葉をパソコンに打ち込むのが、瞬は恥ずかしくてならなかった。

瞬は、だが、そんなことを恥ずかしがっている場合ではなかったのである。
その手の情報を追い求め始めて僅か10分後、瞬は恐るべきデータにぶちあたってしまったのだった。

それは某避妊器具会社が毎年行なっている、サンプル数35万人という非常に大掛かりなアンケート調査の結果だった。
端的に言えば、要するに、世界各国の性行為の頻度ランキングである。
単位は、性交回数/年。
2004年度のその調査データが語るところによると、それ・・の世界平均は103回/年。
第一位はフランスで、136回/年。
瞬が国籍を有する日本国では、なんと、「46回/年」という驚くべき数値が記されていたのである。

南米イグアスの大瀑布で毎秒6万5千トンもの水が轟音と共に滝壺に雪崩落ちていくように――瞬はとてつもない勢いで青ざめた。
年に46回――単純計算で8日に1回。
つまり、そのデータの語るところは、平均的日本人はその行為を1週間に1度も行なわないという、驚愕の大事実だったのだ。

その事実を知った瞬は、とにもかくにも まず大きな衝撃を受けた。
次の瞬間、急激に頭に血がのぼってくる。
それは瞬の思考を混乱させ、瞬の頬をこれ以上ないほどに赤面させた。
(や……やだ、僕……僕ったら……!)
自分が期待していたことが とてつもなく異常なことだったと知って、瞬は取り乱し、慌て、そして、居ても立ってもいられない気持ちになってしまったのである。

取るものも取りあえず、瞬は、自分に貴重な情報を与えてくれたその店を飛び出した。
世界中の人間に笑われているような錯覚を振り払うことができず、大急ぎで城戸邸の自室に駆け戻り、部屋のドアをロックする。
誰の視線もない場所に一人で閉じこもることによって、瞬は初めて、そしてようやく、落ち着くことができたのだった。
ともあれ自分は、氷河に「毎日して」と言ってしまう前に“現実”を知ることができたのである。
それは喜んでしまっていいことのはずだった。

冷静に考えてみれば、である。
それは、氷河が自分を好きでいてくれること、自分が氷河を好きでいることの証の一つにすぎず、すべてではない。
そういうことをしなくても、二人は親しみを増していくことはできるだろう。
実際、瞬が氷河を好きになったのは彼とそういう行為に及ぶ以前のことで、それ以前とそれ以後とで氷河に対する瞬の気持ちには毫ほどの変化も生じてはいない。
それは二人の関係のすべてを支配するものではないのだ。
改めて考えてみるまでもない、それは、当然にして自然かつ確実な答え、だった。

その『答え』を大前提として、である。
瞬は、決して氷河に清らかな人間だと思われていたいわけではなかった。
だが、淫乱とも思われたくない。
彼にそう思われてしまわないためには、やはりここは平均より少なめな路線でいくしかない。
となると、9日に1回、切りのいいところで10日に1回、つまり月に3回――である。

たったそれだけと思う方が間違っているのだろう。
あと8日も待たなければ次はしてもらえないと不満に思うのは、おそらく我儘なのである。
だが、瞬は大きな失望と落胆を覚え、それから、自分はその8日間を我慢することができるのだろうかという不安に囚われて、暗澹たる気持ちになった。



■ ご参考  Frequency of sex (2004年 by Durex社)



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