「身代わりにしようとしたわけじゃない。絶対に違う」
「氷河……」
氷河はまだそんなことを言い張るのかと思わなかったわけではない。
だが、彼に抱きしめられること自体が思いがけないことすぎて、瞬は戸惑った。

瞬は、氷河が証明しようとしているものは、汎愛的な、あるいは仲間に対する愛情であると思い、そこに恋の要素が含まれている可能性など考えたこともなかった。
彼にこんなふうに熱を帯びた腕や胸で抱きしめられるようなことがあることを、瞬は想定していなかったのだ。

「たとえ――たとえ身代わりだったとしても、俺がおまえを選んだ理由は、俺がおまえを好きだったからだ。俺はいつも、生きている者たちの中でいちばん、俺の側にいてくれる者たちの中でいちばん、おまえが好きだった。おまえがいてくれれば、失ってしまったものをみんな忘れてもいいと思えるくらいに」
自分は氷河に、“証明”するのに都合のいい相手と思われているだけなのだと、わかったつもりになっていた瞬の耳に、信じられないほど情熱的な言葉が流れ込んでくる。
瞬は、氷河の腕の中で微かに震え始めている自分に気付いた。

「だから、おまえに信じてほしかった。知ってほしかったんだ。俺がおまえを好きでいることを。おまえに対してだけは、あの後悔を味わいたくなかった」

『信じてくれ』とは、氷河は言わなかった――言えなかったのだろう。
言えば、それは“愛”を強要することになる。
氷河にはそれがわかっている。

瞬は、その時に初めて――『信じてくれ』と言わない氷河に接して初めて――氷河は本当に自分を好きでいてくれるのかもしれないと、思い始めることができたのである。
今まではわからなかった。
瞬にとって氷河はいつも“理解できない大切な仲間”だったから。

だが――。
自分は氷河の大切な人たちの代替品にすぎないのだと気付いた時に、自分が感じたつらさや悲しみの訳が、瞬は今になってわかったような気がしたのである。
そして、もしかしたら自分は、悲しむ必要はなかったのかもしれない――ということも。

「僕は――僕は、氷河を好きだから、証明することのできない氷河の心を信じてるよ。僕のこの気持ちを証明することはできないけど」
この気持ちが何なのか、どういうものなのか――は、これからゆっくり確かめていけばいい。
瞬はそう考えて、氷河の胸の中で僅かに微笑んだ。

「おまえを信じる力なら、俺の中にはいくらでもある」
氷河が更に強く瞬を抱きしめる。
一輝の怒声は、やはり今の彼には聞こえていないようだった。


美しい言葉も、泣くことも闘うことも苦しむことも傷付くことも、愛の証明にはならない。
ただ愛することだけが、証明できないものを信じる力を生む。
互いの腕の中でふたりは、人間の中にはその力があふれるほど存在していることを確信していた。






Quod Erat Demonstrandumpy ―証明終わり―






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