ハーデスが解放した力は、全世界に及んだ。
その力は確かに世界のすべてを支配した。
そして、世界は変わらなかった。
ハーデスはその強大無比な力で、瞬の愛する世界とその世界の住人たちを変えないということをしたのである。

それがハーデスの行なった“世界の支配”だった。
瞬の望みを叶えること。
世界を、その世界に住む者たちの意思に任せること。
ハーデスは彼の意思で、彼の力のすべてでそれをした。

瞬の愛する世界の隅々にまで冥界の王の力が及んでいる。
もう力はほとんど残っていない。
アテナがやってくる。
彼女は世界の無変化という変化に気付いているのだろうか――。

気付かずにいてほしいと、ハーデスは願ったのである。
ただ一人の人間のために、神たる身がその意思を曲げ、その野望を断念したことになど。
瞬以外の誰にも、この心を知られたくはなかった。
それは、闇の世界で生きることを余儀なくされたハーデスに、神としての誇りを保たせていたプライドが形作ったささやかな望みだったかもしれない。






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