「俺のゲッシュならもう知っているだろう」
兄の使いの後ろ姿を目で追うことができなくなってから小さく吐息して、シュンがヒョウガの幕屋に戻るために踵を返すと、その場にヒョウガの姿があった。

「ヒョウガ……」
「まさかガリアの王子とは……。あの男に俺のゲッシュを伝えて、この無粋な陣に大量の美女でも送り込んでくれたら、皆喜んだだろうに」
例え話にしても、聞くに堪えない。
シュンは切なげに眉をひそめた。

「そんなこと、できるわけがないでしょう。ヒョウガがヒョウガのゲッシュを破って神に見放され、命を落とすようなことになったら――」
「俺には親兄弟はいない。守るほどの家門もないし、この戦さに関わることを決意した時に名誉も捨てた。俺があのゲッシュを立てられたのは惚れた女もいないからで、俺が神に見放されたからと言って悲しむ者はいない」

「僕が……! 僕が悲しいから……!」
半ば悲鳴のようにかすれた声で、シュンは叫んでしまっていた。
瞳を見開くヒョウガに気付き、慌てて視線を脇に逸らす。
「こ……これまで一緒に闘ってきたヒョウガのお友だちだって、悲しむに決まってます。そんなことも考えられないというのなら、あなたは本当に大愚だ」
すべてが知れてしまったのなら、もはや恐れるものはない。
おそらくは この世で最も強力な神の加護を得ている騎士に、シュンはきっぱりと自身の意見を口にした。
そして、尋ねた。

「僕を殺すの」
「なぜ」
「ヒョウガを騙してた」
「俺たちが勝手に、おまえを非力な子供だと思い込んだだけだろう」

非力な子供には違いないと、唇を噛みしめながらシュンは思ったのである。
これまで我が身を育んでくれた愛する祖国も、不運に見舞われた隣国も、自分自身も、そして、生まれて初めて恋した人も救えない。
これほど無力な人間が他にいるだろうか――と。

ヒョウガの返答は、だが、意外なものだった――道理のあるものでもあったが。
「おまえがおまえのゲッシュを守っている限り、おまえの命をおまえの手から奪えるのは神だけだ」
抑揚のない声でそう告げるヒョウガの青い瞳が、シュンを見詰めている。
その眼差しの強さにシュンがたじろぎかけた瞬間に、シュンはヒョウガに抱きしめられていた。






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