「きっと、その犬は瞬に恋をしたんだ。瞬を好きになりすぎて、だが、犬のままでは叶わぬ恋だから、人間になる方法を探す旅に出た――」 瞬に微笑んでほしくて、氷河は苦し紛れに、瞬に真実を打ち明けた。 「……面白い発想」 氷河の告白を聞いた瞬が、少しだけ口許をほころばせる。 瞬の微かな笑みに力を得て、氷河は更に言葉を継いだ。 「俺がその犬だったら、きっとそうだったに違いないから」 幸せでいてくれ、幸せになってくれ――氷河の言葉にすることのできない叫びが瞬に届いたのか、俯かせていた顔を少しあげて、瞬は氷河にほのかな微笑を見せてくれた。 「そうだったら……僕も嬉しいけど……」 その微笑が、夕闇の中で、まだ頼りない。 氷河は瞬を抱きしめたかった。 『瞬をこの手で抱きしめたい』 それが、氷河の唯一の願いだった。 以前も今も変わらない唯一の。 だが、以前の氷河のそれは、瞬を抱きしめられるようになることで、“庇われ守られるだけの無力な自分”から脱却したいという、いわば氷河自身のための願いだった。 今は、ただ瞬に幸せになってほしいから、そうすることができたらいいと思う。 そんなふうに、誰よりも幸せになってほしい人を、氷河は独りよがりな思いで傷付けたのだ。 瞬、頼むから幸せでいてくれ――。 もう一度氷河が血を吐く思いで叫んだ時、その瞬間。 万聖節の日が暮れた。 小さな公園のあちこちに設置されている街灯に、一斉に ほの白い灯かりがともる。 最期のときの到来を知って、知った途端、氷河は瞬を抱きしめていた。 氷河の身体が元の犬の姿に戻っても、今ならきっと『面白い発想』が事実だったのだと知って、瞬の心は少しは癒されてくれるだろう。 そうなることを、氷河は心から願った。 「泣かないでくれ。瞬。頼むから、泣くな」 見ず知らずの男に突然抱きしめられたのである。 恐怖を覚え、突き飛ばして逃げるのが普通なのに、瞬はそうしなかった。 おそらく、瞬の中には、泣いているものは抱きしめてやるのが当たり前という意識があるのだろう。 だから、自分がそうされても、瞬はそれを不自然なことと思わないのだ。 心の内に闇を抱えている人間は、世界のありようも、人から示された厚意も、すべてを闇として受け取り、光を抱えている人間は、全く同じものを光として受け取る。 瞬は――氷河が好きになった瞬は――その身に光を蓄えているのだ。 「氷河……」 その瞬が、氷河の胸の中で、ふいに氷河の名を呼んだ。 氷河がびくりと大きく身体を震わせる。 恐る恐る、瞬の背にまわしていた腕を解くと、瞬は泣き笑いのような表情を浮かべて、人間の氷河に謝罪してきた。 「ご……ごめんなさい。僕ったら、みっともない。ほんとに氷河が人間だったら、こんなふうなのかなって思っちゃって……すみません。本当にごめんなさい」 万聖節の日は完全に暮れたというのに、氷河は人間の姿を保っていた。 |