「要するに俺が絶対権力を握っているのがまずいんだ。今時、王制など流行らない。この国の外を見てみろ。東西南北、どの国も共和制国家だ。俺は父から譲り受けたものをすべて国に返上し、母から受け継いだ屋敷と財産だけを持って、王位を降りる!」 ヒョウガからの驚くべき計画の布告。 それは、クーデター鎮圧からちょうど1ヶ月後に、正式に国民に公布された。 王制の廃止と共和制への移行、普通選挙制度の実施と議会の開催。 それらのことを、ヒョウガは王位に就く前から考え続け、王位に就いてからは、その実現のために改革を急いでいたのだという。 ヒョウガの言葉に、シュンは呆然とした。 確かにこの国の周辺の国家はすべて共和制を採っていたが、それは腐敗した王家に対して民衆が蜂起して成った制度で、国王自らが王位を返上した国など一つもない。 「で……でも、ヒョウガは、この国を改革することに意欲的で――この国をよい国にすることがヒョウガの望みだったのではないの? それを途中で投げ出してしまうの?」 「投げ出すわけじゃない。俺は選挙に出る。もちろん当選するぞ。そして、施政者の一人として、この国のために努める。そうなれば俺を殺すことは無意味になるし、おまえの身の安全を図ることにもなるだろう。おまえは国王の公認愛妾などではなく、俺のただの恋人になる――という段取りだ」 「…………」 それは、国王によるクーデター計画だった――クーデターどころか革命だった。 大胆に過ぎるその計画の遂行のために、ヒョウガはおそらく周到な準備を重ねていたのだろう。 そして、ヒョウガの計画なら、それは成功するに違いなかった。 だが、ヒョウガはわかっているのだろうか。 彼が絶対権力者でなくなるということが何を意味するのか――。 シュンには、彼がその事実を理解しているとは思えなかった。 「ヒョウガが王様でなくなったら、僕はヒョウガの臣下でもなくなるから、もうヒョウガの意に従う義務はなくなる……」 ヒョウガは、それがわかっていないのだ。 案の定、シュンの言葉に少なからぬ衝撃を受けたらしいヒョウガが、僅かに掠れた声でシュンに問うてくる。 「おまえは……おまえは今まで、俺が国王だから俺の側にいたのか」 「そうです」 それは紛う方なき事実だった。 ヒョウガが王でなかったら、シュンは決して自分の心を殺したりはしなかった。 「俺が王でなくなったら――」 「あなたは僕に対して命令する権利を持たない」 きっぱりと断じるシュンの前で、ヒョウガは――あのヒョウガが――ありえないほど取り乱していた。 「ど……どうすれば俺の側にいてくれるんだ。俺はおまえを失いたくない。おまえのために、急いでこの計画を強行することまでした。俺は――」 ヒョウガの気持ちは、母を求める気持ちと同じものだろうか。 彼がほしかったのは、母親の温もりだけだったのだろうか。 シュンは今ではそれでもいいと思っていた。 シュンは――シュン自身は、そんなヒョウガを好きだったから。 慌てふためくヒョウガに、シュンは、彼とは対照的に落ち着いた声で告げた。 「じゃあ、僕に、僕がヒョウガを好きでいるかどうか訊いて」 「……なに?」 「最初にヒョウガがそれをしてくれてたら――ヒョウガがそれをしてくれなかったから、僕は王様に無理に人生を変えられてしまったと思わざるを得なかった。ずっとそう思ってた」 「おまえは俺が嫌いなのか……? 俺が王だから、ずっと我慢していただけだったというのか……」 そんなことはありえないと言わんばかりのヒョウガの青い瞳が、絶望的な色のそれに変わる。 それは、あってはならないことだった。 ヒョウガはシュンが好きで好きで仕方がなかったのだ。 そしてシュンはといえば――シュンは、それ以上 この果敢で気の毒な子供を混乱と絶望の中に置くことはできなかった。 取り乱すヒョウガを落ち着かせるために、ゆっくりと口許に笑みを刻む。 「そんなこと訊かないで。僕がヒョウガを好きでいるかどうかを訊いて。そしたら僕は、ヒョウガが大好きって答えるから」 「シュン……」 その言葉を言いたいのに言わせてもらえなかったから、シュンは今までずっと苦しかったのだ。 「僕は王様の力に屈してヒョウガに従っているんじゃない。僕は僕の意思でヒョウガの側にいるの。ずっと そう言いたかったのに、ヒョウガはその機会をくれなかったから、僕はずっとつらかった。ずっとずっと悲しかったんだ」 シュンの初めての告白に、ヒョウガはしばし呆然とし、呆然としたままで呟いた。 「 「ヒョウガは僕にそういうふうに愛されたかったの」 そうなのだとしたら、本音を言えば、シュンにはヒョウガの期待に沿える自信がなかった。 シュンはそういうふうにヒョウガを愛してはいなかったから。 ヒョウガがシュンの前で考え込む素振りを見せる。 長い間をおいてから、彼は彼が辿り着いた答えをシュンに告げた。 「今は違う。いや、最初から違っていた。俺は、俺がおまえを愛しているから、おまえにも愛されたかったんだ」 「よかった」 それさえ確かめられれば、シュンはそれでよかった。 自分が彼を愛していることだけは、シュンにとっては疑いようもない事実だったから。 小さく安堵の息を洩らして、シュンがヒョウガの胸に身体を投げかける。 シュンを抱きとめたヒョウガの胸が、まるで初恋を自覚したばかりの少年のように速い鼓動を打っていることに気付いて、シュンは小さく微笑した。 Fin.
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