「おにーさんは、ここに何しに来たんですか? まさか逆上がりの練習じゃないですよね」 「う……ん……。似たようなものかな」 昇った夕陽が沈みかけている。 こまっしゃくれた小学生は今日の日の努力の成果を抱きしめて帰宅すべく、一度は瞬に『さようなら』を告げた。 が、笑って手を振った瞬がベンチに戻り ぽつねんとする様が気になったのか、彼はすぐに瞬の許に戻ってきた。 こんな子供に心配されて――と、瞬はさすがに自分を情けなく思ったのである。 そう思いはしたのだが、『大人が子供に 逃げや甘えを奨励するのはよろしくない』と言ってのける子供が こういう時どうするのか――瞬は、それを聞いてみたかった。 「一緒に、大車輪をしたい人がいるんだけど、僕、それができないんだ」 「大車輪?」 今日初めて逆上がりができるようになった子供にとって、それはまさに夢の大技だったらしい。 彼は瞳を見開いた。 「彼は、できないならできなくてもいいって言ってくれて、今は一緒に逆上がりだけしてるんだけどね」 言葉にしてみると、それは確かに、『自分は逃げを打ち、その逃げを許す氷河に甘えているのだ』と思うしかない事実だった。 「僕、どうしたらいいと思う?」 こんな子供に何を訊いているのかと思う。 それでも瞬は訊かずにいられなかったのである。 恋も知らないような子供なら、ものごとの本質だけを見通すことができ、完全な第三者なら、偏った考えに左右されない判断ができるかもしれない。 何より、この子なら忌憚のない意見を聞かせてくれそうだと、瞬は思ったのである。 「練習して、できるようになればいいでしょう。その人に大車輪ができるようになるコツを教えてもらえばいい。おにーさんは親切で優しいから、その人もきっと喜んで教えてくれると思うけど」 彼は、星矢と同じことを言った。 星矢に答えたのと同じことを、瞬も答える。 「逆上がりが一緒にできるだけでも、僕は楽しいんだ。だから――」 一つの大事業を達成し、その喜びを実感したばかりの子供は、自分にその大事業を成し遂げさせてくれた人間の弱気を意外に思ったらしい。 不思議そうに首をかしげ、瞬を見詰め、そして彼は言った。 「こんなふうに逆上がりして、一人で夕陽が昇るのを見てるのがこんなに楽しいんだから、大車輪ができたら、もっと楽しいと思いますけど。二人で 地球が回ってるのを見られるんだ、きっと。いいなぁ」 その言葉を聞いて、瞬は一瞬ぽかんとしてしまったのである。 未知の行為と見知らぬ未来は、この子供にとって 慕わしいほどの憧れと輝かしい希望だけでできているもののようだった。 彼は、その希望を信じ、その憧憬を自らの力にして、これからも様々なことに臆することなく挑んでいくのだろう。 瞬にはそれを、無知な子供の無謀と笑い飛ばすことはできなかった。 そんなふうに一笑に付してしまうには あまりにも、彼は輝きすぎていたから。 自分もこんなふうなものでありたいと切望せずにはいられないほどに。 「地球が回ってるのを? 詩人だね」 「僕、体育の体力・技能はCだけど、国語の表現力はAなんです」 本当に、氷河とは正反対の子供。 そして、星矢とも真逆の才に恵まれた子供。 それでもどこか仲間たちに――瞬の大切な仲間たちに――似ているその子に『ありがとう』を告げ、固い握手を交わして、瞬は氷河のいる場所に駆け戻った。 |