『おせちとお餅には そろそろ飽きた』と虚空に向かって瞬が言ったので、氷河はそそくさとケーキとお茶を瞬の前に運んできた。 「あれ、誰かがケーキ持ってきてくれたみたい」 瞬が、やはり虚空に向かって そう告げる。 それでも、瞬が自分の運んできたケーキに手をつけようとしてくれているという事実だけで、氷河は感動の涙を流しそうになるほどに嬉しかった。 「瞬……いや、瞬様。松の内も明けたことだし、そろそろ機嫌を直してくれてもいいんじゃないでしょうか?」 あくまでも 新年を迎えてからずっと、氷河は、瞬と一緒に眠ることはおろか、まともな会話さえ成立させてもらえずにいた。 瞬に機嫌を直してもらえるのなら、その可能性があるのなら、今の氷河は、目の前にあるものが藁でも蜘蛛の糸でもすがりついていただろう。 瞬がちらりと、軽蔑したような目で、ひたすら下手に出ている給仕を一瞥する。 しかし、瞬は、下賎の輩に直接言葉をかけるようなことはしようともしなかった。 「あーあ。ほんと、氷河の記憶も身体も、新しい年のカレンダーみたいに全部リセットできればいいのにな〜。そしたら、何にも知らない氷河に、僕が一から手取り足取り教えてあげて、僕のこと絶対に疑ったりしない素直な氷河を作るのに。そういうのって、男のロマンだよね〜」 その場に氷河はいないものとして振舞う瞬は、嫌味を満載した口調でそう言い、星矢と紫龍に同意を求めた。 「まあ、源氏物語の昔から、そう言われているな」 紫龍が苦笑して頷く。 脱衣癖のある紫龍ではあったが、ここで氷河のために一肌脱ごうなどという殊勝な考えは、彼の中にはこれっぽっちも存在していなかった。 それは星矢も同様である。 「瞬〜っ!」 つい1週間前まではしたい放題が許されていただけに、元旦から続く禁欲の日々は、氷河にとっては地獄の責め苦もかくやとばかりの苦行の日々だった。 以前のように朝夕の区別なくイタしまくりたいなどという贅沢は言わないが、せめて瞬にまっすぐに自分を見てほしい。 瞬の同情を買うために、氷河はことさら哀れな声音で瞬の名を呼んでみたのだが、瞬の答えはにべもなかった。 「小正月までお預け。“お預け”ってわかる? 犬でもできる芸だよ」 犬扱いされても、犬以下と言われても、今の氷河には瞬に逆らうことはできない。 できるわけがなかった。 「小正月というのはいつだ?」 もういくつ寝ると、瞬の怒りは晴れるのか。 すがるような口調で氷河が紫龍に尋ねると、 「1月15日」 紫龍が、尋ねられたことに律儀に、だが非常に冷ややかな口調で答えを返してくる。 「あと1週間以上あるじゃないか!」 氷河は、仲間たちがくつろいでいるラウンジに、失望と(日本の暦への)怒りの悲鳴を響かせた。 目の前に極上のエサがあるというのに、あと1週間以上もそれを食することができないのだと思うと、氷河はそれだけで絶望的な気分になった。 実際に飢えて死ぬ前に 自分は確実に発狂すると、氷河は本気で思ったのである。 その人のすべてを――心も身体も、共に過ごすことのできなかった過去の時間、共にいることができなかった未知の場所、自分には知らされない様々な思い、それらすべてを――認め 受け入れる覚悟がないのなら、人は人を愛するべきではないし、愛しているとは言えない。 新年早々貴重な教訓を得ることのできた氷河の新しい年は、実り多い充実した1年になるに違いなかった。 あなたの新しい年が 幸せな一年でありますように。
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